第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その一
上空へと浮かんだ。夏の夜空を、薔薇の生えたツタが進んでいる。
「かなりの速度ですわね」
「ああ。馬よりも、速さがあるぞ。動きに、迷いも見えない」
「つまり、あいつらは行くべき場所を把握しているんだね」
「そういうことだ」
一直線、最短距離で『ギルガレア』の『場』とやらを目指して走っている。
「おい!『ギルガレア』!!協力し合うんだ!!あいつらが目指している場所を、オレたちに教える気はないのか!?」
「情報を共有できれば、こちらとしては、かなり楽に戦えるのですが?」
燃える大烏に乗っている男は、強い口調と険しい顔で怒鳴り返して来やがった。
『教えられん!!』
「おっちゃんの、ケチ!」
『けち!!』
「彼にとって、とても大切な場所なのでしょうね。おそらく、『不滅の薔薇の世界』と同じく……自らの力や、存在理由の化身のような空間ではないのでしょうか?」
「んー。えーと、『不滅の薔薇の世界』と同じなら、そこにも、『ギルガレア』のおっちゃんが、『分かれて』いるのかな?」
「本体のようなものかもしれません。あるいは、場所を教えるのを嫌がっているところを見るに……『奪われやすい』ものかもしれませんね」
芸術家の感覚の鋭さは、信頼に値するものだ。たとえ、夜空に響いたレイチェルのつぶやきに『ギルガレア』が無表情と無反応を貫いたとしてもね。
虫けらに心身を奪われているゼベダイ・ジスの面影に、『不滅の薔薇の世界』は乗っ取られてしまっているように見える。『ギルガレア』は、主体に乏しい『ゼルアガ』なのかもしれないということだ。
必死に、『場』を遠ざけたいのも……誰かに奪われることを嫌ってだろうか?
「オレたちが、奪うとでも?」
『……ヒトの心は、不完全だ。お前たちの『叶えたい世界』を、我が力は与えられもする』
「偽りでしょうに?」
『小さな世界ではあるが、ヒトが願う幸せ程度ならば、全てを備えているものだ。信じ込めるのであれば、全てがある。疑うのならば、この世界であっても、お前たちは幸せを得られないのだろう。だからこそ、多くの者で信じるための『教え』を作る』
「宗教を、そのように解釈なさっているのですね」
『疑いから解放されたい。真実を得たい。そういう感情が、そういう弱さが、世界に虚構の真実を刻み付けようとするのだ。我には、お前たちヒトの、信仰と呼ばれる行いは、そう見える』
「まあ、正しいコトって、気持ちいいもんね」
『そうだ。快楽。正義。それらも、力を欲し、世界を捻じ曲げようとする動機となる』
「『蟲の教団』と戦い過ぎて、ヒトに対する見方が歪んでしまっているぞ」
『『蟲の教団』を作り出したのも、ヒトの心だ。それの遺産を奪い、自らの死の運命や、産めなかった子のために、あんなモノを生み出したのもヒトの心だ。全ての戦いも、災いも、我の力の半身を、使ってのことだ。我は、認めん!』
「勝手に、力を使われるというのは、屈辱だろうな!」
『そうだ!それを、今から、終わらせに行くのみ!!』
火烏が、さらに巨大化した。加速する。オレたちを置いて行きたくなったのかもしれないが、ゼファーも負けずと加速した。空で負ける気は、毛頭ない。
『おいこせー!!』
『……これが、竜か。しかし、あの世界に入る方法を、持ってはおるまい?』
「風が、吸い込まれているから。分かるよ。あっちの世界と、こっちの世界は、小さな裂け目で、つながっているもの!」
『我の半身の力が、不完全な証か』
「貴方の『場』は、違うのでしょうか?」
『かつては…………』
沈黙に徹することに決めたらしい。素直な『ゼルアガ』だよ。レイチェルの鋭い感覚に、情報を分析されるのを嫌った。
つまりは、レイチェルの指摘のいくつかは正しい。『ギルガレア』は『蟲の教団のギルガレア』に力を奪われ過ぎて、完全な『場』を……世界を書き換えて、自らの望みのままの『完璧な小世界』を創る力を失っているのかもしれないな。
『……知識を求める。力を求める。それは、災いのもとだ』
「そうとも限らんぞ。医学の発達に、『蟲の教団』は間接的に貢献した。世界を変えるのは、そういう行いだ。災いだけとは、限らん」
『良い面だけを、見すぎている。この世界が、おかしな状況になっているというのに』
「正してやるさ」
「そのための協力関係だもんね!」
『ふん……っ』
「ゼファー、あそこだ!風が、吸い込まれている!」
『……うん。『みえた』!』
『不滅の薔薇の世界』へとつながる、『裂け目』へと向かう。『ギルガレア』も、速度を増した。
『見抜くか。本当に……風など、見えるはずもないものを』
「竜騎士は、特別なんだよ!」
『りゅうも、とくべつなんだよ!』
「ウフフ。我々は、とても頼りになるでしょう、『ギルガレア』」
『……警戒したくなるほどにな。だが、時間は、貴重なものだ!裂け目の道を、うねりながらすり抜けている場合ではあるまい!』
『ギルガレア』が、虚空に右腕を伸ばした。オレたちの感覚が『裂け目』を感じ取っている場所に、赤いかがやきが生じる。
『はあああああああああああああああああああ!!』
気合いと、『ゼルアガ』の権能の満ちた声が夜空に響くと、『裂け目』が赤くかがやく力で縁取られたまま『開いていく』。
「おっちゃん、さすが!本家の『ギルガレア』だね!!」
『あそこを、通り抜けろ!!まっすぐにな!!』




