第三話 『愛する者に不滅の薔薇を』 その百七
戦場で起きることは、全てデザインされたものだ。とくに、戦上手が絡んでいるときは、たとえ突拍子のない神秘の現象だとしても、その内側に組み込まれていてもおかしくない。
「妻であるエスリン・リヒトホーフェンが、ゼベダイ・ジスの仕業という直感を得ているのならば、間違いはあるまい」
『そう……彼は、きっと、分けていたのね。『蟲の教団のギルガレア』の力を、『不滅の薔薇の世界』の内側と、外側に……』
「そんなことが出来ちゃうの?」
「ミア、『ギルガレア』は二体いました。分割させる力を、そもそも持っているのです。『ギルガレア』は呪術……祈りや願いに対して、ちゃんと反応する神なのですから」
『……腹が立つ。我を、呪いごときで操るとは』
眉間にしわを寄せる『ゼルアガ』がいた。屈辱ではあるだろう。自分自身の力を、誰かに好き放題に使われるということは。
そして、戦術に弄ばれるということも。そちらについては、オレたち猟兵も腹が立っている。
『ぜべだい・じすに、あやつられるのはいやだ。でも、ぼくは、りょうほうと、たたかってもいい』
金色の瞳を細めるゼファーがいた。竜の本能だな。力を示すことを、拒むことはない。どちらの『ギルガレア』をも倒す。それも、戦術としては間違ってはいないはずだ。
こいつは、『ギルガレア』の『本体』だからな。
こいつが滅べば、『不滅の薔薇の世界』を創り上げている力も損なわれる……。
だがね。
我々は、やはり、疲れている。
「ゼファー、選択肢をくれてありがとう」
『うん。きめるのは、『どーじぇ』だよ。それが、ぼくたちの、おきて』
『パンジャール猟兵団』の掟だ。誰と戦うのかを決めるのは、団長であるオレの権利であり、義務でもあった。
「共闘がベストだ。ゼベダイ・ジスは、戦上手。迷宮都市『オルテガ』を短時間で落としたこともある男だ。まだまだ、企みの最中にあるという。これを軽んじるべきではない」
薔薇をつけたツタが、夜空を張って南の果てに向けて伸びる。
あそこに、『オルテガ』ごと、『不滅の薔薇の世界』も移動中ということなのかもしれん。
「500弱の戦力を、南のエルフのテリトリーに向かわせたままだ。『ギルガレア』、お前を倒して『場』とやらを奪うために。策が、動いている。このまま単独でお前が飛び込んでも、おそらく負けるだろう」
『……敗北など、恐れぬ』
『そうよ……『ギルガレア』……恐れるべきは、お前の死じゃない。それが招く、災い。邪悪な者に、なりたくはないでしょう?』
無言が生まれる。
オレをにらみつける赤い目は、それでも多くを伝えていた。
「納得しなくてもいい。ただ、被害を少なくするために動くぞ。共に、行こう。『ギルガレア』よ」
竜太刀を左手に持ち替えて、右手を差し出す。期待しちゃいなかったよ。こいつが、握手をしてくれるなんて―――そこまで期待するのは、欲張り過ぎる。
うなずきもしない。
しかし、否定もしなかった。それが、大いなる同意だ。
『……何を、笑っているのか』
「強いヤツと戦うのは楽しいものだ。敵としても、『仲間』としても。この笑顔は、そういう意味だ。よろしくな、『ギルガレア』。オレの名前は、ソルジェ・ストラウス。『パンジャール猟兵団』の団長だ」
『……『火烏の軍勢』で焼き払うのを、しばらく待つだけだ』
「十分だ!ゼベダイ・ジスを、今度こそ、完全に仕留めてやればいい。それで。終わるんだな?エスリン・リヒトホーフェン?」
崩れつつある彼女に聞いた。
彼女は、うなずいてくれる。
『……私と同じような形になっているはず。『ギルガレア』の力と共に在る。そうすることが、最良だと信じているから。最高の軍人で、『ギルガレア』にも『蟲の教団』の知識も持っている……倒せば、きっと、元通りになる…………』
『限界らしいな』
「介錯を、しましょう」
『いいや。我に、宿るがいい』
「お前に彼女を?」
『責任を取れ。我の『聖餐』となり、この事態を解決するために、力を貸せ』
『……ええ。そうする。お前を、生かしたい……それが、私の罪の償い……ゼベダイを止めるのも……私の愛だと、信じてる……本当の彼は、とても……やさしいから……』
彼女が目を閉じる。罪科の獣は、その右手を彼女に向けた。手が赤くかがやき、エスリン・リヒトホーフェンの面影も、同じ赤い光に包まれていき……すぐに、赤い光そのものへと変わった。
「ホタルみたいで、キレイ」
「ええ。とても美しいですわね」
赤い光は無数のかがやきに分かれて、『ギルガレア』と一つになっていく。
つまり。
「心強い『仲間』が、また一人ということだ。悪くないだろう、『ギルガレア』。ヒトとつるむのも」
『……うるさい。先に、行くがいい』
「ああ。先行するぞ!」
『らじゃー!みんなー、ぼくにのって!!』
翼を広げるゼファーに猟兵たちが飛び乗った。地上を駆けて、夜空へと浮かぶ。目指すのは、粘り着く夏の夜を張って進む、異界からはみ出た呪わしい薔薇だ!
旋回する『火烏の軍勢』は、それから距離を保ってくれている。
『あいつも、くるよ』
ゼファーが教えてくれた。地上を見ると、『ギルガレア』が跳躍する。100メートル近く、真上に飛んだかもしれんな。そのまま、火烏の一匹に飛び移りやがったよ。乗られた瞬間に、その火烏は力を与えられたのだろう。三倍近くに巨大化もした。
「あれで、飛べるんだ!なんか、カッコいい!」
お兄ちゃんも同意見だった。ワクワクするぜ。強いヤツを見ると、どうにも心が騒ぐ!




