第三話 『愛する者に不滅の薔薇を』 その百六
「薔薇が、南西に向けて……空を、伸びている?」
「どうなっているの?」
『……動いているのだ。空を這うようにして、奪われた我が故郷の一部が……南へと向かっている』
「南?……南のエルフたちのテリトリーで、お前が信仰されている土地でもあるな」
『我の創り出した『場』がある。アレは、それを奪い取ろうとしているのだろう。半ば、本能的な行いか……』
「『場』とやらを、奪われたら、どうなるんだ?」
『答えを教える義務もなし』
「教えろよ。減るもんじゃないだろう。事と次第によっては、『ゼルアガ』であるお前にも協力してやる」
『……協力、だと?』
「強いからな。有能な傭兵だぞ。実際に、お前の半身を倒してみせただろう。とどめは、お前に奪われたが。他の『ゼルアガ』も、何体か倒している。神殺しには、慣れているんだ」
『感心はしてやろう』
「ありがとうよ。力も、貸してやる。異界から来た、世界を侵略する神にもな」
『……悪しき神であったつもりはない』
「そういう『ゼルアガ』もいるのでしょう。人々の願いに応えて、行動を成す。『ギルガレア』。貴方は、そもそも呪術のような存在に思えます。罪科に応じて、罰を与えるだけの神」
『星』と同じような『ゼルアガ』……そういう者がいても、納得はしてやれる。
「オレたちは、協力した方が良いはずだ。状況を把握しているとまではオレも言わんが、残っている敵には、心当たりがある」
「ゼベダイ・ジスですわね」
ツタに呑み込まれ、そのまま出会えてはいない。『不滅の薔薇の世界』とやらに囚われてしまった『オルテガ』のなかに、まだヤツはいた。
そして、『ギルガレア』の力を使っているように思える。ヤツ以外に、残っちゃいないという消去法ではあるがね。間違っている気が、これっぽっちもしない。
『……ゼベダイ……っ。貴方は、まだ……私と……私たちの、赤ちゃんのために……』
「悪人とも呼び難くなる行動理由だが、結果的に、多くの者を死に至らしめようとしている。生贄もなしに、『ギルガレア』の力は成り立たん。けっきょくのところ、呪術だからな」
「んーと。あの薔薇が、南西に向けて、『オルテガ』を……動かしているの?教えて、『ギルガレア』のおっちゃん?」
ミアの純粋さは、神に対しても怯まないところがある。お兄ちゃんは、誇らしくなっちまうぜ。『ギルガレア』のおっちゃんと来たか!
『ギルガレア』は、襤褸切れの奥で赤く光る双眸を我が妹に向けるが、それぐらいでは脅しにはならん。
そもそも、罪科を裁く罰の獣神からすれば、ミアのような純粋な者の問いに答えるのは正しかろう。
「ミアは、『オルテガ』にいる市民や戦士たちのことを心配しているんだ。彼らを、死なせるべきではないはずだぞ。罰を裁く、悪神でないお前は、正しいことを好むのではないか?」
『……我は、罪科に応じて断罪するのみ。これより、あの『場』に侵入し、我の力を奪った者を罰する。それで、全てが終わりだ』
「『火烏の軍勢』でか?それは、困る。まだ、避難が完全に終わっていないはずだ。あんなもので、『オルテガ』に突入されたら、皆が焼け死ぬかもしれん。その罪に、お前は、どんな罰を与えるんだ?」
『……我が、我を罰するべきだと?』
「違うのか?……罪なき者を、焼き殺す。それが、悪でなければ、何なのだ?無罪の行いだとでも言えるのか?」
『それは……』
「正しいことをしようぜ。『ゼルアガ』を、何体も殺してきたが……お前には、『ルファード』で一応は助けられている。そちらの思惑のための行動だったのかもしれないが、虫けらのせいで犬死にする者が減ったことには、感謝しているんだ」
「そうですわ。ここは、最良の形を求めて協力をすべきです。そうでなければ……」
「うん。おっちゃんのこと、これから殺さなくちゃならないから。『オルテガ』にいるみんなを守るためには、『パンジャール猟兵団』はそう行動するの。でも、おっちゃんはね、敵の敵なんだよ。本当の敵を、倒すために協力した方がいいと思う」
『ギルガレア』の判断次第だ。『火烏の軍勢』で『オルテガ』を焼くようなことになれば、力尽くでも、止める。ミアの言う通り、殺してでもな。
『我に、勝てると?』
「もちろん。猟兵は、戦場の霊長だ」
『疲れ果てているだろう』
「それでも、勝つ」
『……『ギルガレア』……私が、提案するのも、おかしなことかもしれない。諸悪の根源とも、言える立場だから……それでも……だからこそ、助言をする』
『我に、助言か。偉そうに。『諸悪の根源』と、自覚がある者の残骸ごときが……ッ!!』
『ええ。お前を苦しめてしまったから。『蟲の教団』ごと、世から消えていたはずの半身を、私が目覚めさせてしまった……だからこそ、お前には、苦しまないでいて欲しい。このまま、彼らと戦えば、きっと、殺されるから』
『我は負けん―――』
『―――いいえ。『聖餐』で強化されていた私たちが、勝てなかった。お前は、『聖餐』の力を得ていない。ゼベダイに、半身を奪われたままの状態。私を、殺さないのも、殺したところで何も取り戻せないからでしょう。これは、きっと……ゼベダイの『罠』だったのね。お前と彼らが、ここで戦い合うことも、おそらく、彼は計算しているのよ』




