第三話 『愛する者に不滅の薔薇を』 その百五
「本物の『ギルガレア』……」
『『蟲の教団』の『ギルガレア』とは……敵対している……ッ!?』
黒い襤褸切れを身にまとった『ギルガレア』が、赤く輝く目をこちらに向ける。いや、オレではなく……今にも崩れ去りそうな『蟲の教団のギルガレア/カマキリ』をにらんだのか。
ヤツがにらみつけると『カマキリ』がわずかにもがこうとするが、上空にうじゃうじゃ湧いた『火烏の軍勢』が、こちらを目掛けて降り注いでいた!!
『カアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』
『カアカアカアカアカアアアアアアアアアアッ!!』
夜に泣き響く烏の歌声というのは、なかなかに不気味だが、それよりも何よりも、無数の炎が迫ってくることの方が厄介だ。さすがに、顔面が引きつるぜ。火山の流れのような勢いに上空からのあらゆう包囲から襲われるというのは、どう考えても危険でな。
構えちまうが……あくまでも、オレたちを狙っているわけじゃない。
火烏どもは、『カマキリ』に群がった。
『ぎゃぎぎいいい――――』
群れ成す鳴き声に、断末魔さえも呑み込まれていく。暴れる火烏は、神々しいやら荒々しいやら。まったくもって容赦なく、巨大な『カマキリ』の全てを赤く燃やし尽くしていくのだ。
さらに……本体までもが、動いた。
『あいつが―――』
「―――くる!」
火柱の『側面』を、『ギルガレア』は『走って降りた』。地上のどの馬よりも速いスピードでな。感覚が、狂いそうになる。こんな動きをやれるまともな生き物は、この世界にはいない。『ゼルアガ』ぐらいだな。
前回は、視界に追うことさえも困難ではあったが、オレたちは猟兵である。その教訓が、しっかりと生きているのだよ。動きが、見える。『目で追えないほどの速さ』だと認識しているからこそ、この『ギルガレア』の速さにも感覚がどうにかついて行けている。
ヤツが、炎を蹴った。
レイチェルのように見せるような優雅さはない。ただひたすらに、真っ直ぐな動きだった。超高速の動きというものが囚われる一種の限界でもあるだろう。あの速さでは、真っ直ぐにしか動けんのだ。
もちろん、攻撃を与えるのも、あの速度を受け止めて身を守ろうとすることも、どうにもこうにも難度が高すぎる行いには違いないのだがね。
それでも……。
ヤツはオレたちを狙ってはいない。
雷撃のように鋭く、真っ直ぐ過ぎる蹴りが、火烏どもに喰い荒される『カマキリ』の巨体を貫いていた。
地響きがしたよ。『ギルガレア』の蹴りは、地面を揺さぶり、長い亀裂を走らせるほどの威力はあったのだ。
炎に包まれていた『カマキリ』の残骸が、崩れ去る。火烏どもも羽ばたいて、夜空へと戻った。その場に残ったのは、燃える灰と、その中央に腕を組みながら立つ『ギルガレア』の姿だ。
大きくはない。オレと体格はそう変わらん。むしろ、痩せている分だけ、ヤツの方が体重は軽そうに見える。『ゼルアガ』が、ヒトと同じような体重をしているとは限らないがね。
異世界から、この世界を侵略しに来た存在の一つだ。
悪神の一体に過ぎない……。
猟兵たち全員が、構えてはいる。備えている。超高速の攻めに、対処できるようにな。
……しかし、ヤツは動かない。
赤い目が、見たのは……エスリン・リヒトホーフェンの面影だ。
『……『ギルガレア』……かつて、分かれた半身を……取り戻しに来たのか』
『ルファード』と、出現状況は似ていたな。『蟲の教団のギルガレア』の眷属である『寄生虫』が大暴れした挙句、こいつは『火烏の軍勢』を引き連れて現れたのだ。
あれは、つまり。
半身と戦い、やがては、その半身を取り戻すための防衛行動だったというわけかよ。こいつが、半身を奪い返せば……どうなるのだろうか?
『……構わない。私は、もう、願いはない。死者としての運命を、受け入れる。遺せたものもあった……『蟲の教団』の信徒たちにも、それぞれの願いはあっただろうけれど……私は、彼らとは違う。私が、今、願うのは……この祭祀呪術の終焉だ』
エスリン・リヒトホーフェンの面影は、『カマキリ』が滅んだことにより、自我をまた少し取り戻したのだろうか。レイチェルに気づかされただけではないのかもしれない。今の彼女は、生前の意志のまま語っているように見える。
『全てを……終わらせて欲しい』
『―――罰を、与えよう。我は、そのために来た』
罪科の獣、『ギルガレア』はそうつぶやく。
黒い襤褸切れに包まれた長い腕を、エスリン・リヒトホーフェンに向けた。
……罰。
罰か。
たしかに、彼女は『寄生虫』にまつわる多くの出来事の発端となった。つまりは、無罪とは言えない存在かもしれないが……。
「おい。『ギルガレア』。裁くべき者は、本当に彼女なのか?」
レイチェルも文句を言いたげな表情になっていたからね、先に、オレが言っておくことにするのだよ。
もしも、戦いになったとき、鎧を身に着けているストラウス家の竜騎士さんが、こいつの攻めを受け止めるべきだろうからな。
赤い目が、オレを見た。あくまでも、静かに。
『……彼女は、我から半身を奪った者どもの傀儡である。それには、相応の罰が相応しい』
「そうか?彼女は利用されただけに過ぎん。彼女の願いは、むしろ、『蟲の教団』の遺産の消滅だった。それは、お前の願いと、似ているのではないか?」
「そうですわ。それに、『蟲の教団のギルガレア』は、こうして滅びた。彼女も、すぐにこの世を去るのでしょう。意地悪なことをしなくとも、全ては終わったはず」
『……いいや。終わりではない。我の身は、まだ……いる』
『ギルガレア』が、夜空を仰ぐ。
その視線を、追いかけると……火烏どもが舞う夜空に、あの赤く輝く薔薇が見えた。




