第三話 『愛する者に不滅の薔薇を』 その九十九
地上に叩きつけられた巨蝿がバウンドしながら転がっていく。仕留められたようだな。マルド・メロが入っていた個体よりも、かなり弱い。大量に作れば、弱まるのかもしれん。呪いの量は分散される。
たとえ、『ゼルアガ』であろうが何であろうが、無限の力を持っているわけではない。
……しかし。
いかんな。力の差を、見せつけすぎたかもしれん。並みの敵ならば、ひるむこともあるだろうが……彼女が、そうとは思えなかった。
『こうも、あっさりと……ッ!!竜は……竜騎士は、空中戦の研鑽があるわけか。多対一にも慣れている。だとするならば、アプローチを変えた方がいい』
賢いヤツは、敗北にくじけないものだよ。敗北こそを課題にするものだ。問題点を解決すれば、さらに強くなる。それは、とても当たり前のことなのだから。
『数が足りない!!個の強さは、捨てるぞ!!群れとなるのだ!!』
『ギギイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!』
『ギュググギギギイイイイイイイイイイイイイイイ!!』
「蠅が、バラバラになった!?」
「分散したようですね」
「数で来るか」
嫌な選択だった。巨蝿どもが、無数の蠅に分かれる。それぞれがヒトの大きさはあるから、十分な大きさがあるがね。個体の強さは、かなり弱体化したかもしれないが、速度は大して落ちていないのも問題だ。
『包囲してやれ!あいつらに、逃げる気はない!!この『ギルガレア』を狙っている!!攻めにかからず、守れ!!身を犠牲にしてでも、『ギルガレア』を守ればいい!!それで、体力も削れる!!』
成長した、というよりも分析したか。賢さは、大きな武器だ。
おかげで、これまでと流れが変わる。新しい戦術で対応する必要が出て来るからな。
君は賢いよ、エスリン・リヒトホーフェン。『守備』に徹するべきだということも見抜いたな。こちらの体力の消耗を狙うべきだと。
弱点をしっかりと改善し、こちらの弱点を狙おうとする。とても、良い戦術を選択してくれているな。賢いよ。
だがね。
戦術とは、自分の心も示してしまうものだ。
「オレたちを倒すことよりも、時間を稼ぐことが大切か!!」
『……ッ!?』
「『不滅の薔薇の世界』とやらを、完成させるには、まだ時間がかかる!あるいは、生贄が足りん……戦力不足か!!」
『憶測に過ぎまい!!』
「だが、当たっている!!」
「ええ。否定はしませんでしたからね。エスリン・リヒトホーフェン、貴方は事実に対して、とても素直な方ですわ。研究者らしい知性です」
『……戦闘というものは、厄介だ!!戦士に、心を覗かれる!!』
「そうだな!そして、最善の戦術というものはあったとしても、最高の戦術などというものは、この世に存在しないということも、教えてやろう!!各個撃破は、しやすくなったぞ!!」
「そうそう!小さくなったならー、倒しやすいよね!」
矢と弾丸が蠅どもを狙撃し、駆逐していく。『ブランガ』の毒が有効なのは変わらんからな。かすり傷だけでも、あのサイズには有効となる。
『おのれ……ッ』
さて。
戦闘というものは、コミュニケーションだ。実のところ、オレたちが選択した各個撃破の戦術にも、時間がかかるという弱点がある。敵の目的を、わざわざ叶えてやるような行いでもあるのだ。
それでも、エスリン・リヒトホーフェンは焦る。手駒が減り、守る力が減っていくことに恐怖を覚えてしまっている。上手く行っていても、不安というものは訪れるものだ。なぜか?知性は……想像力は、君の敵にもなる。
竜を認めた。
竜騎士を認めた。
相手を『強い』と認めてしまったときから、想像力は負の側面も発揮する。この戦術で良いのかだとか、じりじり削られていく味方を見ながら、動きたくなるものだ。こちらは、迷っていない。堂々と、仕留め続けるだけでいい。それも、駆け引きの一つだからね。
「命中!!」
ミアが敵をまた一匹仕留めてみせた。エスリン・リヒトホーフェンの面影は、顔をしかめる。焦ったな。『ギルガレア』を守るための手駒は、数を減らしてしまっている。新たに戦術を変更すべきか迷った。
それを、待っていたんだよ。
鉄靴で、指示を与える。これは見抜かれないためでもあってね。戦闘はコミュニケーションだから、敵にバレすぎても良くないことがある。竜騎士の読み合いは、そういう場所にも注意を払っているものだ。本当に、細かいところまで、戦士は戦いのなかで表現してしまうから。
ゼファーが、強く羽ばたきを使う。
エスリン・リヒトホーフェンの面影が、こちらを警戒した。高く舞い上がりながらの宙返りを始める。ああ、それだけじゃなく宙返りしながら、身をひねっている。どんなことが起きるかと言えば、ほんの一瞬のうちに、反転が可能となる。
追いかけられていた竜が、攻めに転じるための伝統的な技巧だ。高さも取れるし、いきなり『背後』を向けるのだ。焦り、思考の深みにハマった相手に仕掛けるには、良い動きということさ。
引きつった顔の美女がいる。
美女の、面影がいる。
生きたかっただろうに、その人生の物語を終えてしまった者の幻影が。
終わらせてやろう。
君は、戦士じゃなかったから、死後も誰かを死なせてしまうことなど、とても誇れないはずだから。




