第三話 『愛する者に不滅の薔薇を』 その九十八
巨蝿どもから距離を取りにかかる。巨蝿の数は、四体もいるからな。包囲されるのは、かなり厄介だということだ。
「ここの地下には、あの巨蝿のもとになる死体が、多く眠っていたようですわ」
「困った宗教施設だな。生贄の貯蔵庫だと?」
「生贄の数だけ、『ギルガレア』は強くなるのでしょうから。さて、敵の数が増えてしまいましたが、どうなさいます?」
「簡単なことだ。一匹ずつ、各個撃破してやるとしよう」
『うん!そのために、もうしかけているよ!』
ガルーナの竜と竜騎士を舐めてはいけない。空戦の戦術に、巨蝿どもを引きずり込んでいるぞ。加速しながらの大きな旋回だ。巨蝿どもの空中での隊列を乱しにかかっている。風に乗る鳥ならばともかく、あの巨蝿どもは羽ばたきの連射で空に浮かんでいるだけだ。
一致した飛び方を作るためには、手加減を含めた協調が必要となる。
突出しようとする飛び方は、隊列を崩壊してしまうのだよ。こいつらに個体差が無ければ、同じトップスピードを帯びたかもしれないが、大きさもそれぞれに異なっているからな。案の定、速度にも差がある。
空中戦のことを研究してはいないし、この巨蝿どもに協調性もないようだ。ただただ、『ギルガレア』を守るために飛び出してきたようだな。エスリン・リヒトホーフェンの面影よりも、本能的だよ。
悪くはない。
守護者としては、こいつらのような態度は正しいものじゃある。とっさに動き、後先を考えずに突撃していくような行動力そのものは、『守備』に向くのだ。だが、『守備』とは『攻撃』を受け止めるために反応として使うべきものでね。
長く動けば、考えなし特有の『弱さ』が出ちまうものだよ。個の身体能力の差による、今のような不一致とかな。
風を読む。
夏の夜風は、非常に活発でね。とくに、起伏の明確な土地を抜ける夜風は、軽やかに跳ねるところもあれば、考え過ぎた答えのようにぐるぐると渦巻くところもある。何が言いたいか?……上手く使いこなせば、この気流の渦巻きは、即座の反転にも使えるということだ。
「お兄ちゃん、来る」
「おうよ!」
ストラウス兄妹が一致した動きを使い、ゼファーに風の質とタイミングを伝えた。大きな右旋回をしていた我々は、夏の夜の見えない渦巻きへと飛び込む。風の加護を受けて旋回が速まり、鋭い反転が可能となった。
風を乗りこなすということは、今の技巧のような動きを指す。こちらのことを単調に追いかけ過ぎていた巨蝿どもの群れの背後に、一瞬のうちに回り込むこともやれるのだ。
『ギギイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!?』
「踏んで、裂け!!」
『らじゃー!!』
巨蝿どものなかで最も遅く飛ぶ個体、そいつの正面からゼファーは蹴爪を浴びせる。深々と巨体を裂きながら、踏みつけて、空へと飛んだ。踏み台にしてもいる。蹴り飛ばして、衝突のさいに失った速度を少しでも取り戻したからな。
まだ三匹もいやがる。
攻めれば、守るべきだ。数が多い敵は、馬鹿でも厄介だからね。
『ギギイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!』
巨蝿を裂いて蹴とばしたゼファーに、巨蝿の一体が襲い掛かる。二番目に遅い巨蝿で、それゆえにゼファーを追跡するには適した位置にいたわけだ。追いつこうとするが、それも予測済み。
ストラウスの竜騎士は、竜の飛行を助けるものだ。右からこちらに挑もうと迫る巨蝿に、矢と弾丸のコンビネーションを撃ち込む。それで仕留められるようなタイプの敵ではないがね、空中で攻撃を受けるということは、速度を失うことに等しい。
さらに言えば、やはり『ブランガ』の毒は有効なのだよ、こいつらにも。
『おそくなった!』
「毒が効くのですね」
「あいつらのなかには、エスリン・リヒトホーフェンはいないみたいだね!」
『―――私がいなくとも、毒ごときにやられはしない!』
『カマキリ』が再び、赤と白の巨体を、夜の闇に走らせやがる。あれだけのダメージを、もう回復したということか。なかなか、やりやがる。エスリン・リヒトホーフェンの面影の能力か……あるいは、『ギルガレア』の能力か。
「あいつ、包囲に参加しようとしているんだ!」
「だが、その前に、もう一匹、間引いてやるとしよう」
最速の巨蝿を引き寄せるために、加速を深めて『逃げ』を演じる。巨蝿どものなかの最速の個体だけが、我々の動きに追いつけた。『棘』を放ち、こちらに回避運動を強いるのだがね。夜の不意な上昇気流を、こちらは見つけているのだ。
それに突っ込みながらの羽ばたきで、急上昇したよ。狙っていたのは、高さもだが、飛行の角度と距離の調節だ。こちらを追いかけて真っ直ぐ飛んでいた巨蝿の突撃を、『上に跳ねて背後を取りにかかる』という方法なのだよ。
速度を失わなくても、移動する距離が変わった。上に跳ねた分、オレたちは寄り道をしていたが、せっかちな巨蝿はただ真っ直ぐに飛んでいた。背後を取ったのさ。『わざと追い抜かれる』ことで。
『もらったああああああああああ!!』
ゼファーが爪に『炎』の魔力を宿す。爪の切れ味を倍増させたうえでの、斬撃だ。深々と裂き、直後に焼き払いにかかる飛翔能力を即座に回復することは、この個体にはやれず、勢いよく地上に墜落していった。




