第三話 『愛する者に不滅の薔薇を』 その九十七
『しまった!?竜が、ここまで動くとは!?』
「歌え!!ゼファーぁああああああああああああああああああああああッッッ!!!」
『GHAAOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHHHHHッッッ!!!』
『火球』を放つ。『ギルガレア』の赤と白の混じった巨体は、反応することが出来ない。バランスを崩し過ぎてしまっていたからな。
直撃コースだったよ。
ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンッッッ!!!
『ギギギギギギギギイイイイイイイ!!?』
『ぐ、はああ……っ!?』
灼熱を帯びた爆風が、巨大な『カマキリ』を破壊していく。赤と白の羽が飛び散り、その背中を炎上させる。それでも、空中で粘ろうとした。残った羽だけを振動させて、落下しないように粘りやがる。
それは、おそらく本能だった。
落下すれば助からないのではないかという、『ギルガレア』か、あるいはエスリン・リヒトホーフェンの面影に遺っていた本能。反射的なもので、合理的な判断力を越えて身を縛ってしまうものだ。
落ちた方が、マシだったはずだ。
竜と戦うには、今のアンバランスで崩れてしまった体勢でいる空は、あまりにも危険が過ぎるはずなのに。
漆黒の翼が空を打ち、首が満ちてあふれた力にふくらむ。振り上げた首を、大振りの一刀のように動かして、ゼファーは『ギルガレア』の燃える背中に噛みついた。熱さ?気にするはずもない。竜の闘争本能を舐めてはいけないぜ。
竜の焔にうろこを焼かれていることなど、ゼファーは気にしちゃいない。牙を深く深く突き立てて、『ギルガレア』の甲殻を破裂させていく。
『ギギギギ、ギギギギイイイイイ!?』
『お、おのれ、好きには、させ―――』
反撃の兆しを見せていたが、ゼファーはそれを許さない。牙による破壊は十分とは言えなかったものだが、問答無用だ。噛みついたまま、『火球』を直接に撃ち込んでいた!
ドゴオオオオオオオオオオオオオオオンンンッッッ!!!
『ギギイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!』
『ぐ、ふうう……ッ』
軍船の甲板を打ち抜いて来た、旋回する『火球』だよ。連続での攻め。魔力が尽きそうになっているから、威力は抑える他に無かった。だが、貫通性能の高い『火球』であれば、十二分に『カマキリ』の巨体を撃ち抜くことに成功する。
さらに言えば、接触した状態で浴びることになる爆風の反動さえも、抑えられるのさ。爆発の瞬間には、ちゃんと牙を離してくれてもいたからね。こちらは、熱に焼かれることもない。ゼファーも強靭な竜のうろこに守れているおかげで、無傷であった。
「上手だぞ、さすがは、オレのゼファーだ!!」
『えへへ!!』
「『ギルガレア』が、落ちて行くよ!」
「貫いてしまいましたからね。羽も、ほとんどが吹き飛ばされた。普通ならば、死ぬところですが……」
「普通なはずもないか!!追撃を、かけるぞ!!」
『らじゃー!!』
燃えながら地上へと墜落していく『カマキリ』を追いかける。長く戦わない方がいい。彼女を苦しめたくもないからだし、賢い者に経験を与えるなど、何よりも大きな愚策に他ならんというのもある。
医学知識も呪術の知識も、『蟲の教団』などという古代の邪教を調べ尽くせる語学や考古学知識……賢さのカタマリのような女性だからな。
オレは、『ゼルアガ』の力よりも、そちらの方を警戒してもいるんだぜ。
ロロカ先生やガンダラのように、彼女もこんな苦戦の状況でも、いいや、だからこそ考えているだろうからな。冷静に、状況を把握し、最善策は何かと問いかける。知性という武器を戦場で使えると、そういうことが可能となるものだ。
……エスリン・リヒトホーフェンの面影が、こちらをにらんでいた。苦痛に歪んだ表情などでは、とっくの昔になかったよ。彼女の明白な殺気を感じ取りながらも、それを無視して我々は進む。戦闘の駆け引きの主導権を、与えてやる必要はないからだ。
『勇敢なのか……それとも、馬鹿なだけなのか。『ギルガレア』は、神の一種なんだぞ。見境なく接近して良いものではない!』
「突撃して、もう一撃、入れてやれ!!」
『うんッ!!』
「敵の言うコトなんて、聞く必要はないもん!!」
「ということですわよ、エスリン・リヒトホーフェン。覚悟を」
『……それは、そちらが必要なことだ!!来い!!蠅ども!!』
『ギルガレア』の落下には意図があった。墜落の方向を、デザインしていたな。こちらに目掛けて地面を引き裂きながら走る巨大なツタの群れへと、『ギルガレア』は向かっていたのだよ。
エスリン・リヒトホーフェンは戦い方を考え直した。ゼファーと単独で戦うなどという敗北必死の戦術を捨てて、物量を頼ることに決めたのさ。戦場よりも、道場で武術を習った彼女は、経験を得ることで、より完成された戦士に近づいたわけだ。
「ツタが、ふくらんでる!!」
「巨蠅を産む気ですわね」
ふくらんでいたツタの先端が破裂して、巨蠅どもが矢のような速さで夜空に射出される。数が多いし、このままでは、囲まれそうだ。
「やるじゃないか、エスリン・リヒトホーフェン」
『……おいつくまえに……ッ。むかつくけど、むぼうは、しない!!』
演技でもあったからな。
過度なまでの追撃は、こちらの偽装。プレッシャーをかけ続けることで、戦闘の主導権を取り合おうとしただけのこと。
ゼファーは賢い判断をしてくれる。不利な状況を回避して、『ギルガレア』追撃よりも、巨蠅の群れに包囲されないことを優先した。




