第三話 『愛する者に不滅の薔薇を』 その九十六
エスリン・リヒトホーフェン……死んだはずの女だが、こういう形で出会えるとは。間違いなく、生前の彼女が望んでいたことと違っていた。虫けらに肉体だけではなく、心も……愛情までも蝕まれてしまうなど、罪が大きいぞ。リヒトホーフェン、ゼベダイ・ジス。お前らの間違いが、オレの目の前にいる。
『私を知っているのか』
『カマキリ』の頭から生えた女は、ちゃんと話せるようだ。友好的になるためではないのだろうが、コミュニケーションを取る気もあるらしい。
「直接、お会いしたことがあるわけではありませんが、知っています。貴方は、生前の願いとは異なる結末を辿った。『ギルガレア』の一部とされることで、永遠に生きてもらいたいと、願われてしまったのでしょう」
『……愛とは、そういうものか。どこか、盲目的で……相手を傷つけてでも、求めることがある。傲慢だ、男というものはとくに』
「全ての男性がそうとは限りません。でも、死んだはずの貴方がここにいる。多少の自我と記憶の一部を受け継いで」
『私が、不完全だと見抜くか』
「当然です。肉体も精神も、『寄生虫』に補完され過ぎているのでしょうし……今は『ギルガレア』とも一体化しています。自らが誰なのかという確信を、貴方は得られてもいないのではないでしょうか」
『全てを一つと融かすのだ。私は、多くの者からそう願われたから、ここにいる。融け合う諸々の一つであり、この姿と心が顕在化したのも、『ギルガレア』が守護を求めた結果に過ぎない』
「あ!」
エスリン・リヒトホーフェンの伸ばした腕の先から、ミアの放った弾丸が現れる。『カマキリ』から『生えた』からな。硬そうに見える『カマキリ』の体は、実のところ融け合っているように柔軟というか……体内に撃ち込まれた弾丸をも、回収する力があるのかもしれん。
彼女は、弾丸を燃やしてしまった。赤い炎に融けながら、毒と鉛が夜空に散って行く。
『私を倒すためにか。何とも、古い毒を選んだものだ。有効ではあるが、私の知識を使う『ギルガレア』ならば、このように克服する』
「『ブランガ』の毒に耐えるために、医学知識のある貴方を呼び出したと」
『その通り。合理的だろう。この毒にも詳しい。『ギルガレア』の特性にも、『ゴルゴホの蟲使い』より詳しい。何よりも、今となっては……『ギルガレア』を守りたいのだ』
『……くるっ!!』
魔力ではない。『炎』属性を感じさせはしないものだが、エスリン・リヒトホーフェンはすぼめた口から猛烈な勢いの業火を吹いた。
夜空に広がる炎から、ゼファーは加速して逃れる。
『逃がさんぞ。追え、『ギルガレア』!』
『カマキリ』の巨体が羽を振動させて、こちらを追いかけるために飛ぶ。
ありがたいことにな。
「お兄ちゃん、あいつも戦に慣れてない。わざわざ、有利なところから離れてくれている」
「エスリン・リヒトホーフェンは才女だったとしても、戦場に出ることは、無かったのだろう」
至極、一般的なことではある。貴族の女性がわざわざ戦場に鋼で武装して向かうことは、稀なことだからな。
ツタで『罠』を作るような賢さはあるが、戦場仕様にはなっていないというわけだよ。
「おかげで、戦いやすい」
鉄靴で伝える。旋回の技巧をね。竜騎士には、竜騎士と戦うための技巧と知識もある。鍛錬のためにも、竜同士による空中戦を行うこともあるから当然だ。それに、歴史を振り返れば、竜騎士同士が戦ったことだってある。
『カマキリ』を引き付けるために、『罠』の加速を行った。
『逃さん!!』
マジメなエスリン・リヒトホーフェンの面影は、『ギルガレア』をちゃんと加速させてくれる。ありがたいことだ。こちらの背後にしっかりと突いて来ようとしてくれるなんてね。
おかげで。
そちらの背後を奪い取れるのだ。
ゼファーが星空のなかで高く舞い上がりながら身をひねる。
『ギルガレア』が鎌を振り上げるが、ムダだよ。その巨大な鎌が、こちらの飛ぶ軌道を予測する賢さを帯びるほどに空振りしてしまう。
上昇の軌道を選んだことで、減速したゼファーの翼は大きな『自由』を得ているのさ。ゼファーが使った羽ばたきは、『宙返り』というアクロバットを実行する。
長く伸びた鎌は空振りした。予測していた場所のはるか後方に、ゼファーはいたからだよ。
『く!?』
賢いな。
背後を取られると理解したようだ。エスリン・リヒトホーフェンの知性は、死してなお、『ギルガレア』の供物となってなお、発揮されているようだ。
だが、どうにもならん。
『ギルガレア』は大きな間違いをしているからな。空中戦の達人ではないエスリン・リヒトホーフェンの能力を頼ったところで、竜と竜騎士のコンビネーションの前には無力なのだ。
背後を取ったぜ。鎌をぶん回してしまい、その反動で動きが鈍った『ギルガレア』の。
空中戦においては、最良のタイミングだ。長い戦いをしてやるつもりはない。本物のエスリン・リヒトホーフェンの願いも知っている。ガルーナの竜と竜騎士は、女性に優しいんだ。本物の遺志のために、容赦なく倒すとしよう。




