第三話 『愛する者に不滅の薔薇を』 その八十九
「おお!ストラウス卿だ!!」
「竜騎士が生きていたぞおおおお!!」
「オレは、信じてたぜ。殺したって死ぬような人たちじゃないんだ!!」
「レイチェル・ミルラの姉御おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
漁師たちは大声で歓迎してくれた。喜びもあるだろうが、安堵を得てもいる。戦場で『仲間』と切り離されることほど、不安なこともそうはない。
着陸すると同時に、叫んだ。
「心配をかけたな!!この通り、オレたちは健在!!『ルファード』軍も、帝国軍を追い払って生き延びているぞ!!」
「おおおおおおおおおおおお!!」
「ま、街が、消えちまったんで……どうなったのかと」
「よ、良かった……っ。オレの兄弟たちも『オルテガ』攻めに参加していたから……っ」
「……ストラウス卿よ」
威厳があって愛想のない声が響く。日焼けしたドワーフの男が、ゆっくりと落ち着いた歩きで近づいて来てくれた。漁師たちの長だよ。
「ゾロ島のキケ、無事で何より」
「こちらのセリフと言うものだ。多少のことで、死ぬような男とは思っちゃいねえ。だが、今回ばかりは、死んだかと思ったぞ」
「悪神ごときに、殺されはしない」
「ふん。そのようだ。で。一体、何が起きていやがる?」
「説明をしよう。少しばかり、長くなるがな」
「だろうな。『オルテガ』の街が、一瞬で消えちまった。ありえねえことが、起きている。理解するのも難しそうだ」
ゾロ島のキケと、聞き耳を立てている漁師たちに、状況を説明したよ。説明しながら、あらためて、とんでもない状況であることを自覚させられもしたが。不謹慎なことに、ワクワクしてしまっている。
「……なるほど。ほとんど、分からねえ」
「ですよね、キケさんっ」
「オレたち、馬鹿だから、難し過ぎて、チンプンカンプンだぜ……っ」
「『蟲の教団のギルガレア』を殺せば、全てが解決するということですわ」
「お、おお!なるほど、さすがはレイチェルの姉御ですっ!!」
「とても分かりやすい!!」
長く説明したオレも、やはりアタマが悪いようだ。その一言で、良かったのかもしれない。
「そ・れ・で!みんな、見ていないかな?『ギルガレア』のことを!」
漁師たちは互いの顔を見合わせていく。
「夜の、闇のなかだったからなあ……」
「そもそも、オレたち、『ギルガレア』ってのが、どんな姿かたちなのかも知らねえ」
「『オルテガ』が、赤い光に包まれて、そのあと、黒いもやもやが出ちまって……気づけば、地面ごと、ごっそりといなくなっちまったんだよ」
目撃情報は、ないのかもしれん。視認性が良いとは言えん状況であり、混乱をしていただろうから、仕方がないと言えば、仕方がないことでもあった。『蟲の教団のギルガレア』の姿かたちも、オレたちは確かに知らん……。
……いや。情報はあるか。『オルテガ』の地下で見た紋章があった。
「『蟲の教団のギルガレア』は、狼と、カマキリの混じったような顔をしているようだ」
「……そいつは、不気味で印象深いな。一度でも、見れば、忘れられそうにねえ。おい!誰か、そんなバケモノを見ちゃいねえか!?」
ゾロ島のキケの言葉に、漁師たちはうなり声をあげながら必死に考えてくれる。
「高い場所に姿を現すかもしれんのだ。『ルファード』では、そういう形で、もう一方の『ギルガレア』が現れて、『火烏の軍勢』を呼び寄せていたぞ」
思考のうなり声が星空の下で続いてくれるが、収穫はない。
「こいつらでも、数十分前の出来事程度は脳みそが記憶している。学の欠片もねえクソ馬鹿どもだが、それぐらいはな……」
「見ていないのならば、しょうがない―――」
「―――あ、あの!!す、ストラウス卿、ニケさん!!」
背中に長剣を背負った人間族の男が、腕を上げていた。
「どうした?」
「お、オレ、見たかもしれねえっす」
「『ギルガレア』をか?」
「そ、その……正確に、そう言えるほどの自信はねえんですけど。一応、船乗りで、夜目は利く方なんです」
「ジョーンか。また見間違えたんじゃねえのか?」
「こいつは島影とクジラを見間違うことだってある」
「い、いや!そうじゃねえ。オレだって、空に浮かんでた……魔物は、見間違えねえ……と思うんだ」
「空に浮かんだ、魔物、か。そいつは、どんな姿だったんだ?」
「虫っすよ。あれっす、あれです。カマキリ……三角の形をしたアタマで、牙がえぐくて。あ、あと。狼要素は、ねえっす。ば、薔薇みたいな、赤い、花びらをまとってて、羽で空を飛んでて……何とも、夢見が悪くなるような姿でした」
「リングマスター、『ギルガレア』を見たようです」
「ああ。上手くすれば、追いかけられるかもしれん。そのバケモノを、どこで見た?」
「じょ、上空っす。その、『オルテガ』が消える直前に……『オルテガ』の方か……ああああああああああ⁉お、お、狼っすよおおおおおおおおおおおおおッッッ!!?」
『オルテガ』のクレーターに向けての叫びに、オレたち全員の顔が動いた。
そこには、狼がいた。
というか、猟兵ジャン・レッドウッドが化けた『巨狼』が、フラフラと歩きながら、こちらに近づいて歩く。
ああ、いきなり、ゲロを吐いた。
「ジャン、大丈夫か?」
『は、はいっ。だいじょーぶですっ。そ、その、目が、ま、回ってしまっただけですっ。ぐるぐる、してましたので……っ』
地上ルートでも風を頼れば、あの空間から脱出可能だということが、証明された瞬間だったな。ニヤリと笑う。これで、『ルファード』軍も市民も、避難させられるというわけだ。




