第三話 『愛する者に不滅の薔薇を』 その八十八
揺れる。揺れる。
だが、惑うことはない。しっかりと、ゆっくりと。短く飛び抜けながら、風を追いかけていく。風が吹いて来る方角は変わるが、落ち着けば修正して対応することも可能だ。
『ぐるぐる……ほうそくせいは、たぶんない』
「『ギルガレア』もコントロールし切れていない空間ということだ。法則を利かせられないのだろう」
良い兆候だ。敵の限界を知ることで、戦いやすくなる。想像しなくてはならない範囲を、狭められるからな。
「空間を完璧には閉じられない」
「『ギルガレア』の世界にとって、私たちの世界は異分子です。簡単には、取り込めないのかもしれない。間違ったパズルのピースが、合わないように」
「なるほど。レイチェル、分かりやすい!」
「どんなものにも、『理』というものがあるものです。世界を奪い取ることは、なかなか難しいのでしょう。あるいは……」
「あるいは、何?」
「もう一体の『ギルガレア』が邪魔をしているのかもしれませんね」
「敵対しているもんね。でも……どうして、仲が悪いのかな?」
「ミアは、自分のニセモノがいると、腹が立ちませんか?」
「うーん。考えたこともないや」
「私は腹が立ちます。私は、私だけで十分です。誰もが、誰かである。それ以外であるなんて、不愉快でしょう」
「あ。それは、分かる。本物がいい。『蟲の教団』のおっちゃんたちは、本物じゃなくても、たぶん良かったんだね。逃げたかったから」
「そう。逃げたかったら、こんな世界を創ってしまったのです。無理やりに、世界の『理』を歪めて。でも、ここはニセモノに過ぎません。本物の『ギルガレア』は、自分のニセモノも、このニセモノな世界のことも、嫌ってくれているのかもしれませんね」
「ちょっと、むずかしいけど。何となく、分かった。本物がいい。私、こんなところに逃げ込むのは嫌だよ。どんなに敵がたくさんいたとしても、本物の世界で、ちゃんと生きて、ちゃんと死にたい」
「私もです。リングマスターもですわよね?」
「当然だ」
「わーい!お兄ちゃんと、同じだー!」
『ぼくも、おなじー!』
「ゼファーとも、同じだー!仲間っ!!」
ああ。もしかしたら、単純なハナシなのかもしれない。レイチェルの言う通り、本物の『ギルガレア』は、ニセモノが嫌いなだけ。だから、対立したのかもしれん。
『かぜが、くるくる……でも、おいかけられてる』
「ああ。そろそろ、かもしれん。潮のにおいが、濃くなった。オレの鼻でも嗅げるほどだ。準備は、しておけ」
「いるといいね、ニセモノの『ギルガレア』」
「倒せば、諸々の解決してくれそうだが……」
『……っ。『どーじぇ』、ひかりが、みえるよ』
ゼファーが魔眼に、その光景を送り届けてくれる。暗がりの果てに、光があった。小さいそれは、星のまたたきに見える。
「ちゃんと、『外』に通じているようだ。一気に、飛び抜けるぞ。加速して、貫くとしよう。速度を使って旋回し、周囲を確認。オレとゼファーは魔眼で全方位を。ミアは右を、レイチェルは左を頼む。そこに、敵影がいれば射撃で攻める」
「ラジャー!」
「お任せください、リングマスター」
『じゃあ、いくねー!とっぷ、すぴーど!!』
羽ばたきが強く、激しくなる。星の見える場所へと目掛けて、暗がりが満ちた空間を加速して飛び抜けた!
世界を、越える。
その瞬間は、急激に感覚が解放されるというかね。洞窟を抜け出したときのような、あの世界が広がる感覚の、数十倍とか数百倍の心地良さだった。
星が、戻る。
空にかがやく薔薇の花畑どもは消え去り、オレたちが良く知っている星々の海が見えて、地上には本物の海が……中海が見えた。
「やったぜ!」
『だっしゅつ、せいこう!!』
喜ぶが、それでもオレたちは『パンジャール猟兵団』である。ちゃんと、作戦を実行中だ。魔眼と肉眼、使用可能なあらゆる感覚を用いて、全ての包囲を探っている……。
前には、いない。
後ろにも、いない……。
「右、見えない」
「……左。敵影、なしです。ですが、ツタに覆われた、クレーターが見えますわね」
「……あれは?」
「『オルテガ』があった場所だろう」
えぐれた地面があった。
えぐれた地面だけが、あった。
周りには、無数の人影がいる。早々に逃げ出していた帝国兵は、東の果てに移動中だ……つまり、下にいる者たちは、『ルファード』軍の戦士だろう。
『望遠』の力を使い、確認した。
クレーターのふちに集まり、立ちつくしている者たちは、エルフもドワーフもケットシーも巨人族もいた。軽装の戦士たちである。つまり、彼らは……。
「ゾロ島の漁師たちのようだな。『オルテガ』の消失を心配して、やって来てくれたのかもしれない」
「会いに行こう。『ギルガレア』は、見つからなかったもん」
「ええ。心配しているでしょうし。彼らが、『ギルガレア』を目撃している可能性もあります」
「今はいなくても、さっきまでいたかもしれんわけだ。降りよう。情報共有の時間と行こうぜ」
『らじゃー!おりるねー!』
ゼファーは大きく旋回しながら、地上を目指す。漁師たちは、すぐに気づいてくれたよ。大きく腕を振ってくれているし、飛び跳ねている者たちもいた。歓迎されるのは、嬉しいものだ。どんなときであってもね。




