第三話 『愛する者に不滅の薔薇を』 その八十三
『……んーっ!?どうなってるの!?』
「薔薇の花が咲いて、光ってるよ……あ。花びらが、落ちてくる」
夜空を埋め尽くすほどに咲いた薔薇の花どもが、ひらりひらりと花弁を散らす。炎のような明るさを放ちながら、幻想的ではあるものの……。
誰もが融け合う『不滅の薔薇の世界』、死者と生者のあいだもなくしてしまう世界。『蟲の教団』どもが夢見た、一種の楽園。あるいは、冥府。
「何にせよ、この世界に在るべきものではないな」
「うん。そんなカンジ。キレイだけど、あまり見ていない方がいいと思う。何だか、吸い込まれそうになるから」
「舞い落ちるあの花弁にも、触れない方がよろしいでしょう」
「ああ。ゼファー、避けてくれ」
『らじゃー!』
燃えるように赤く光る花びら……そいつは、一枚一枚が5メートル以上はありそうだ。幸か不幸か、地上に降りる前には、まるで燃え尽きるようにバラバラになっていく。そういうデザインの花火だと言われたならば、火薬職人を褒め称えたくなるほどには美しい。
いかんな。
つい、見てしまう。首を振り、ほほを叩く。
「幻惑されているのかもしれない」
「疲労もありますからね。皆で、会話をしながら意識を確認し合った方がいいです」
「『ギルガレア』を、早く見つけたいね。どこに、いるのかな?」
「『ルファード』では、『火烏の軍勢』のような特異な現象が起きているときに、不意に現れた。この現象の指揮官のような立場だ」
「指揮を執るには視界が明瞭な方が良いですわね」
「……そうだな。『ルファード』でも、すぐに見つけられた。つまり、視認性が良い場所にいた」
『『おるてが』は、みえにくいし、ていこくへいどもが、よくかくれるよ』
「城塞が入り組んでいるし、迷路みたいだもんね」
「地上では、ない。ツタが天高く伸びたのは……物見やぐらのような効果もあるのか?」
「じゃあ。もしかして……」
「この薔薇たちの上空に、『蟲の教団』が崇拝していた方の『ギルガレア』が、いるかもしれませんわね」
『いってみよう!』
「ああ。街並みに、『ギルガレア』らしき姿があれば、上空からでも見える」
「いちばん高いところから、探せば早いよね!」
鉄靴で合図をした。ゼファーは、楽し気に空へと首を伸ばして、翼で空を叩く。
『むふふ。たのしみ!』
不謹慎ではあるが、それでも、『ドージェ』も同意してしまう。口もとがゆるんだ。強い敵が待っているかもしれないし、この不思議でおかしい空を楽しむ機会は、そうあるものではない。
「星々の代わりに、赤く輝く薔薇の花たちの咲いた夜空に……『ゼルアガ』との戦いか。たしかに、最高だな。と……未曽有の危機の最中に、口が過ぎてしまったか」
「いいえ。猟兵らしい解釈で、よろしいかと」
「そだね。変に緊張しても、良くない。怪しいのには、あまり近づかないようにして、リラックスしよう」
最も純度の高い猟兵、ミア・マルー・ストラウス的な発想である。ガルフが提案してくれそうな言葉だ。
気持ちが楽になる。
連戦の疲労と、未知への恐怖。そういうネガティブなものが、想像力を嫌な方向へと引き込んでいるようだからな。それは良くないことだよ。戦闘において、負けてしまうパターンだった。
「戦士たちは、避難してくれているのですから。リスクは、最小限となっているはずです。戦闘も落ち着いています。我々は、余裕を持って、ことの解決にあたるべきですわね」
『うん。そういうの、だいじだよね』
ゼファーは、もしかして、オレたちの緊張を嗅ぎ取っての発言だったのだろうか。そうだとすれば、本当に大きく成長してくれている。『ドージェ』として、鼻が高い。
ヒトと連携するという点に関しては、もしかするとアーレスをも超えているかもしれないな。
『るーんるーん!』
舞い散る輝く花弁を楽しそうな飛行で躱しつつ、高みを目指した。狭い空だ。すぐに、薔薇の花畑の上空へと到達する。
「わー!」
『きれい!』
「壮観ではあるな」
眼下に広がる輝く薔薇ども。異常なまでの巨大さであり、光を放っている点については不思議さが過ぎるものの、美しさはあった。
「さてと、『ギルガレア』は、どこだ……?」
「ここからなら、『オルテガ』の、全部が見えちゃうよね!」
「ああ。高台どころじゃない視界の広さだが…………ん?」
「どうしました、リングマスター?」
「いや。地上に、海がない」
『え?……あ。ほんとだー?』
この高さからなら、見えるはずの中海が、どこにも見当たらない。暗がりに沈みすぎていて、何も見つけられない。ありえんことだ。空の星々の灯りだけでも、海はきらめくはずなのに……。
星が曇っているのかと、さらなる上空を見上げて……さすがに驚いた。
「……街が、あるぞ」
「街?」
「……あら。本当ですわね。街が見えます。星ではなく、街の灯りが、上空に……あれは、『オルテガ』です。不思議なことですが、はるかな空の高みに、鏡合わせのような形で、迷宮都市がありますわね」
『かんぺきに、ちじょうとおなじだよ。ういてるんじゃなくて、さかさま』
「リングマスター。ここは、すでに敵の術中なのかもしれません」
「『不滅の薔薇の世界』とやらに、オレたちは、閉じ込められたと?」




