第三話 『愛する者に不滅の薔薇を』 その八十二
身を守る選択しかない。ゼベダイ・ジスの身さえも巻き込む、ツタどもの突き上げだったからな。離れなければ、その棘に切り裂かれてしまっていただろう。
猟兵三人、全員でその場から距離を取った。いや、取っていく。反射的な動きだけでは、どうにも足りない。
次から次に、くだんの地響きと共に、ツタどもが地下から石畳をぶち抜いて、大樹の立ち並ぶ原生の気配を帯びた林か森かの勢いで生えそろっていきやがるのだから。
天を衝く、無数の薔薇のツタどもに、追われるように城塞をよじ上った。この異変は、ここだけではない。迷宮都市『オルテガ』のあちこちで、このツタの同類どもが生えていきやがる。
異常な光景だ。冷や汗が、背中に浮かぶ。『究極の聖餐』という、理解しにくく、大仰さが余るような単語……それが、この光景には合っていやがった。
無条件に生えたわけではない。帝国兵どもを、どのツタも巻き込んでいた。うねる触手のようなツタに囚われて、締め上げられるようにして破裂していく。血の雨が、あちこちで振ってしまっていたよ。
それらがさらに、『蟲の教団』どもが用意していた、邪悪で深淵な古き呪いの供物されている。夜の闇のなかにそびえ立ち、うねって暴れるその巨大な影の群れは、おぞましく、非現実的だ。『火烏の軍勢』に感じられた、一種の神々しさとは真逆の禍々しさだ。
『蟲の教団』の側の『ギルガレア』が、この街に現れているのかもしれない。
「お兄ちゃん!!」
「リングマスター、ご無事でしたか」
「当然だ。二人も、無事だな?」
「もちろん。余裕だったよ。でも、ゼベダイ・ジスは巻き込まれた……?」
「天高く伸びていくツタに、呑まれてしまいましたが……死んだのでしょうか?」
夜空をにらむ。
知識にはない現象ゆえ、何とも判断に困るのだが、直感を信じることにした。
「生きているだろうな」
この祭祀呪術にまつわる、最後の主要人物とも言える男のはず。『蟲の教団』の大神官どもも滅び、リヒトホーフェンも死んだ。メロどもも、三人目まで、そこらから湧いて出てくることもないだろう。
ゼベダイ・ジスには、まだ役目があるように思えた。となれば、うねるこのツタにすべきことは一つ。
魔眼を指で押さえて、ゼファーに命じた。
『GHAAAAOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHHHHッッッ!!!』
竜の歌が響き、ゼベダイ・ジスを吞み込んで天へと伸びて踊るツタを爆撃する。ヤツが囚われているはずの、竜の黄金の爆炎が先端近くを丸ごと吹き飛ばしていたよ。
街並みを潰すように、ツタの一本が倒れる。100メートル以上の高さからの落下だ。即死するはずだ。竜の『火球』に爆撃されれば、ヒトの姿かたちは保つことも出来ない。吹き飛ばされて、それで終わる。
だが。
そんな常識的な思考が通じる相手でもないのが、困ったところだ。
「手応えが、いまいちだな」
「ええ。ツタも、増えている……それに、街を包囲しようとしているのでしょうか?」
「どうすれば、いいのかな?」
「『蟲の教団』の『ギルガレア』が姿を現しているのならば、そいつを仕留めるまで」
「ですわね。『ゼルアガ』であろうが、それ以外の何であろうが、仕留めればいい」
「うん。探そう!……ゼファー!!」
『……ちゃーくち……ッ!!』
城塞の一部に堂々と着陸するゼファーに、すぐさま飛び乗った。もはや、戦闘どころではない。迷路のように複雑に絡み合いながら走る街路の多くが、崩されてしまっている。
帝国兵どもも、逃げ惑う始末だ。
それは、こちらも同じ。戦士たちも、市民たちも混乱し、逃げ惑っている。
南西をにらんだ。『蟲混じりの兵士/グロテスク・レギオン』どもの襲撃が、あまりに活発であったがために、一つの良い結果が生まれていた。戦闘が終結している。『巨狼』モードのジャンが、敵の死体を城塞の上から外へと投げ捨てていたぜ。
『風』の魔術を使い、『オルテガ』にいる全ての者たちへ、指示を出しておくことにする。『風』の魔術と、ガルーナの野蛮人の地力の大声を合わせることでな。
「全員ッッッ!!!『オルテガ』から避難しろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!この呪いは、何を起こすか、分からんぞおおおおおッッッ!!!」
逃げていて欲しい。
戦闘が、崩壊した。帝国兵どもの東からの脱出は再開している。こちらも、逃げておくべきだ。街ごと、燃やされる。そんなサイアクのシナリオだってあり得るのだから。
ガンダラも、応えてくれる。メダルドも、そうだ。ルチアやギムリもだろう。リーダーならば、この状況で、退避を支持する。それでいい。あとは、オレたちが『ギルガレア』を見つけ出して、仕留めれば―――。
……夜空が、赤かった。
何かが燃やされてしまったのかと思い、空を見上げる。
空の高みには、天へと伸びたツタどもが、広がっていた。
さっきまで星々がいてくれたはずの場所が、見えない。赤く輝きながら広がる、風車の何倍も大きな赤い薔薇の群れが、空一杯に狂った勢いで咲き並んでいた。
美しくもあり、おぞましくもある。理解しがたいモノに遭遇したときにあふれる、あの嫌な重みを帯びた汗が、体のあちこちからあふれていたが……まったくの未知ではない。『究極の聖餐』とやらが、また一歩、進んでしまったのだ。
ろくでもないことだが、その事実だけは明白であった。




