第三話 『愛する者に不滅の薔薇を』 その八十一
「はあああああッッッ!!!」
呼吸が変わり、リズムが変わる。当然ながら槍の軌道までも変わった。
「複数の、流派の使い手か……っ」
豪快な槍ではなく、スマートで回転数の多い槍の舞いだ。この狭い場所には、より適している。逃げるための空間が、損なわれていたな。
こちらも防戦一方になる。背後を取るために、ミアとレイチェルが動こうとするが、その背を他の『蟲混じりの兵士/グロテスク・レギオン』どもが身を盾にして割り込もうとしやがった。
戦いにくい。そうなるように、ゼベダイ・ジスはコントロールしている。
唐突に流派がスイッチしたことで、オレもその対応に追われているところもあった。これは実力うんぬんではない。
むしろ、強者であればあるほど、目が慣れるのも早いからな。そこを逆手に取った、相手の強さにも依存しない普遍的な戦術だよ。経験値と判断力と技巧と、度胸。それらがそろわなければ、戦場でこんな戦い方はやれん。普通は、最も得意な流派に全てを賭ける。
笑顔になってしまうな。
そんな場合ではないというのに、強い戦士と鋼を打ち合わせれば、こういう感情が湧いて来るものだぜ。
しかし、どうにもならん実力の差というものがある。
「……抜く!!」
「圧倒しますわ!!」
ミアが『蟲混じりの兵士/グロテスク・レギオン』の一体の攻めをかいくぐり、その背後をついに取った。『風』をまとわせた強烈な蹴りを打ち込み、連中の脊柱を破壊して壁に叩きつける。
レイチェルは四つ腕の敵と戦っていたが、『諸刃の戦輪』のラッシュを使った。鋼を振るう手が断ち斬られ、無防備になった敵の首も、すぐさまに落とされる。
敵の数的有利は崩れ去る―――しかし、ゼベダイ・ジスは止まらない。不利に追い詰められたからこそ、オレを攻めて倒そうというのか。
悪くない。
賢い。
だからこそ、『罠』にもかかる。
「はあああああああああああ!!」
槍の突き。攻めるために、再び流派を変化する。タイミングがまた崩されてしまっているものの、予想は出来た。踏み込む足の位置でな。前掛かりだ。カウンターを浴びせてもいい距離だが、それで対処可能なのは普通だったころのゼベダイ・ジスまでだ。
首を裂かれても死ねない男であれば、致死性のカウンターでも即死はしない。
だからこそ、下がっている。
言っての通り、それも『罠』だ。こいつが選びそうな動きに、合わせた。オレは誘い出すように動いてもいるし、それにゼベダイ・ジスも応えた。
そうするしかないからだ。
長引けば、こいつは三対一で狩られてしまう。一対一でも、こちらの方が上。だから下がり、攻めを誘い……構えに隙まで作ってやっている。
優秀な判断力は残っているな。戦闘に対しては。しかし、心身を虫けらに乗っ取られている男でもあるのだ。極限状態での繊細かつ微小な技巧の応酬に、ヒトであったころの豊かな対処はやれないようだな。
自分以外を心や身に招き入れるから、こうなる。ただのヒトであったころは、もう少し躊躇しただろうよ。肉体をもっと守ろうとしたはずだし、もっと判断力がシャープだったんじゃないか?
うかつとは言わん。正しい対処だ。しかし、竜太刀の『牙』をもっと考えるべきだったな。
下がりながら、ゼベダイ・ジスの放った槍の軌道に竜太刀を合わせる。後ろに引くようにして、槍の柄に牙を咬ませた。
「……ッ!!」
普通の刀では、こうはならん。柄の丸みですべる。今までの竜太刀であっても、この技巧は使えない。だが、今は違う。まるでノコギリのようなものだ。『牙』が刃から並んで生えてくれたおかげで、押しても引いても、鋼を削り落とせる!!
ギギギギガガアアアアアアアアアアアアッッッ!!!
火花が散りながら、ヤツの槍の柄が断ち斬られる。腕力の強さも災いしていたな。競り合う力が強くなっていたからこそ、的確に『牙』の威力を使えたのだよ。
ゼベダイ・ジスは槍を破壊されたが、それでも怯まん。顔色一つ変えることもなく、攻めを続行する。
もちろん、予想の範囲内だ。手の先から、虫けらの甲殻で作られたものだろうかね、爪を生やして来やがる。ギラギラときらめく爪だ。殺傷能力は、十二分にある。ヒトの身を貫き、致命の深さにまで鋼を達せられるはずだな。
だからこそ、こちらも技巧を使う。
身をひねり、間合いを詰める貴様の踏み込みの軌道に対して、置くように竜太刀を下げた。身をひねり、押し込んでもいる。
ズグシュウウウギギギギギギイイイイイインンッッッ!!!
鎧の下に、鎧でも来ているようだが、実際は虫けらの身か。貫けはしなかったものの、別に構わん。ヤツのおぞましく変形した指の先は届かなかったのだから。しかも、硬さにぶつけられたことで、強烈な衝撃を与えられた。動きが鈍るぞ。
次の手では、オレが有利。いいや、こちらが有利。ミアとレイチェルは、すでに準備している。殺せる。オレたち三人の誰でも、すでに、この男を殺せる―――だが、薔薇が、この男を守った。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!
地面が揺れた。いいや、もっと、局所的だ。オレたちの真下の路上、そこに組み合わされた石畳が破裂して、赤黒く、棘の生えたツタが伸びて来やがった。




