第三話 『愛する者に不滅の薔薇を』 その七十五
「『ギルガレア』に雇われるというのも、不思議な感覚ではあるが……」
「要は『蟲の教団』が信仰していた方の『ギルガレア』を倒せばいいのでは?」
「な、なるほど。南のエルフたちの『ギルガレア』が生き残れば、問題はないのでしょうか?」
「……続きを読んでみるとしよう。ここに、メモがはさまれている。他の文字よりも、やや新しいようだな。最近、といった雰囲気のものではないが……他より、インクの色がいいな。ああ……ページに貼りつけられて封じられていた。強い呪術で。リヒトホーフェンが死んで、その呪いも解けたから、読めるのか」
『多くの医学的な知見を手に入れることに成功した。『蟲の教団』の祭祀呪術の仕組みも理解しつつある。私の健康状態についても、理解している。そこで、一つの判断を下したい。この研究について、多くの部分を封印するということだ』
『『蟲の教団』の遺した力は、偉大ではあるものの、あまりにも生贄にされる者の被害が大きすぎる。それに、『寄生虫』の限界についても、把握しつつある。『ゴルゴホ』のそれは不明だが、こちらの使っている『寄生虫』は、ヒトの記憶を映しただけのものかもしれない』
『治療に使った患者の一人が、トラブルを起こした。温厚で娘想いの父親だったはずなのに、娘を…………これは私の罪だ。正確に書き記しておこう。彼は、退院してから一週間後、自分の娘を殺してしまった。『聖餐』をしたとみられる』
『彼は衛兵たちに捕まり、殺人罪で処刑されることになった。私が慌ててその現場に駆け付けたころには、処刑が成されたあとだった。斬首された彼の頭部を見て、自分のして来た研究の負の側面の大きさに気づけた。彼は、死にながら笑っていた』
『喜んでいたのだ。おそらく、彼の精神は『寄生虫』たちの影響下にあり、『ギルガレア』に『聖餐』を捧げたのだ。これは、『寄生虫』の本能にまで刻まれた、『蟲の教団』の信徒たちの怨念のようなものが、転写されていたのだと思う』
『彼の哀れな娘の遺体を掘り起こして、調べた。『寄生虫』がその身からはあふれんばかりにうごめいていた。それどころか……その哀れな幼子は立ち上がる。蟲に喰い破られた体で、襲い掛かっていた。ゼベダイがそばにいてくれて、助かったものの……』
『それでも。死者は笑顔だ。『聖餐』の一部になることを、彼女は喜んでいる。もちろん、これは彼女そのものの意志ではない。彼女は『ギルガレア』の存在さえ知らないのだから。ここにも記憶の、怨念の転写が見られる。制御に失敗した『寄生虫』は、宿主を『蟲の教団』の願いの化身としてしまう……』
『対処法は?『ゴルゴホ』の情報提供者たちによれば、薬物で『寄生虫』の性能を落とすことで、人格の浸食を制御することが可能だということだった。彼らも、薬物で自分たちの体を補完する『蟲』を操っているらしい。『ゴルゴホ』さえも、その制御には困難を極めているとも言える。リスキーだが、それでも…………』
『……やるしかないのだろうか?』
『迷っている時間はない。多くの実験をして、精度は高まりつつある。これは、医学であり、呪術である。形而上学的なまでに、目的を追求するべきだ。『ゼルアガ』を使い、不完全な運命を克服してやる……死ぬのは、嫌だ。それは、明白な答えだから』
『……研究は進んでいる。だが、それと同時に『ゼルアガ』を使役することへの恐怖も、理解しつつある。『蟲の教団』への嫌悪が、強まっているからだろうか?……でも、他に道は無かった。助けなくちゃならない人々は、たくさんいる。犠牲にしてしまった人々のためにも、大きな成果をあげるべきだ』
『……『ゼルアガ』の資料を見つけた。『ゼルアガ』は、なんて気まぐれなのか。大陸の各地に、人々の生活に益となる現象を刻んだ個体もいれば、第四属性をヒトの認識上から消失させることもやってのける。世界の魔物の大半は、連中の眷属や、それの子孫だとも……実に気まぐれな力だ。これを、頼るのは…………怖くても、進むしかない』
『血を吐いた。体重が減る。食べようとするが、どうにも体が受け付けない』
『……思考の速度が悪くなる。研究したいのに、しないといけないのに……そうでなければ、誰が私を助けてくれる?……心優しい人々は周囲にいるが、専門家ではない。『寄生虫ギルガレア』の専門家は、今となっては私以外にいない』
『……『ゴルゴホ』から医師がやって来てくれた。診断結果は、一つだけ。『ゴルゴホ』の力でも無理だということ。奇跡を起こせるはずの、異端の医学者たちも万能ではない。助からない。私は、いいが……あの子は…………どうにかして、助けなくては』
『……新たな実験を始める。助けなくてはならない。自分が自分でなくなるリスクもあるが、もはや体力の衰えを防ぐためにも、研究のための時間を得るためにも。試さなくてはならない。私自身の体を使って』
『……失敗だったかもしれない。それでも、動ける。動けている。ならば、研究しよう。助けたい命がある。助けなくてはならない。それが、リヒトホーフェン家の使命だ。私は次の世代のためには、何でもする…………血を守るのも、貴族の使命に他ならない』
『……ゼベダイも、実験台になると志願してくれる。心強いことだ。屈強な戦士の肉体であれば、『寄生虫』制御用の薬を……あの有毒性がある薬を使っても、耐えられる。少なくとも、私みたいな状態のものよりはずっと……』
『献身に感謝する。いや、愛に。身分の差など、愛は越えるのだ。だからこそ、示さなくてはならない。希望を見つけている』
『……希望は潰えた。ゼベダイでさえ、体力の消耗が大きい。もっと、薬物の調整を考えなくてはならない』
『生きたい』
『助けたい』
『ゼベダイが、私のそばで泣いてくれている。運命の意地悪さに、彼は怒ってくれていた。それが、大きな救いだった……あきらめる時期になった』
『多くの知識を、書き残せたことは、幸いだ。これを継承した者がいれば、私に代わり進んでくれる。ゼベダイに、私の死後は、『聖餐』の研究は封じるようにお願いした。忠実な彼のことだから、どんなに泣きながらでも、私の願いを叶えてくれるはず』
『信じている』
『愛している』
『貴方の赤ちゃんを、産んであげられなくてごめんなさい。私のゼベダイ・ジス』
「……待て。これは、リヒトホーフェン……の、娘が……書いていたのか……」




