第三話 『愛する者に不滅の薔薇を』 その七十
ザグシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!
『巨狼』の牙の列が、巨大なカマキリの頭部に噛みついていた。どちらも、巨大ではあるのだが……ジャンには『闘犬殺法』がある。身を躍らせて、カマキリをえぐるのだ。
カマキリの片目に喰らいついたままの躍動のおかげで、『巨狼』の体重がカマキリの頭部の動きを崩壊させていた。オレとレイチェルに迫っていたカマキリの牙が遠ざかり、空振りしたヤツの牙がガチン!と鳴って響く。
「いいぞ、ジャン!!そのまま、えぐり取ってしまえ!!」
『がる……るるうううううううううううううううううううううッッッ!!!』
我らがジャン・レッドウッドは命令を遂行してくれた。カマキリの右眼ごと、『巨狼』の牙が引き千切っていく。
顔面が崩壊したカマキリが、悲鳴を上げたな。
『グギャギギギギギギギギギイイイイイイイイイイイイイイイイイイッッッ!!?』
頭部の三分の一を失ったわけだ。深刻なダメージは、避けられんようだぞ。こいつは、中心だからな。『群れ成す邪教徒/イビル・レギオン』の中心部に位置してもいるし、それだけではなく……。
「このカマキリが、呪いの中心でもある!!」
魔眼には映っている。『呪いの赤い糸』の集約の一つがね。ツタの守りの奥底から、こいつが飛び出してきた瞬間から、明瞭になった。
吹き上がる鮮血の雨の向こうで、呪いが躍る。古い呪い……千年前から、迷宮都市『オルテガ』周辺で流され続けた血を吸い上げて、この深みで熟成された呪いだ。
理解できんね。
健康的なことだ。狂気に対して同意するような精神状態は、間違いなく病んでいると言えるのだから。
気にしない。気にすることなく、オレとレイチェルも斬るべき敵に、襲い掛かったよ。これのしぶとさは、かなりのものだからな。デカい。そいつは、生命力とタフネスを示す、分かりやすい指標だった。
二人して鋼の五月雨を、打ち込んでいけばいい!!
カマキリの方は、ジャンに任せておこう!!
牙がうなる音が聞こえているから、問題はないさ。むさぼり、噛んで破壊する硬質な音も届いている。カマキリの頭部に対して、ジャンが牙のラッシュを浴びせているのだ。
いいじゃないか。
さすがだ。
ジャンも、クソ強いし、レイチェルも、とんでもなく速いと来た。
……負けないぜ。破壊力を示すことで、猟兵としての腕を競おうじゃないか!!
一段階、動きを上げる。レイチェルも、当たり前のようについてくる。攻め時だと判断しただけではあるまい。オレに見せつけたいのと、一緒に剣舞を踊るのが好きなのさ。
漆黒の斬撃の嵐と、銀色の斬撃の嵐が、見境のない破壊となって、『群れ成す邪教徒/イビル・レギオン』のツタを刈り尽くしていく。斬られて短くなったツタのせいで、やがて、カマキリの頭部は地面に転がった。薔薇の花弁に包まれたカタマリがね。
……いいや、頭部だけではなかったか。薔薇の花弁の重なりが、『巨狼』の踏みつけにより潰されて散っていくが、その奥から、新たにカマキリ的な部分が生えていた。
普通のカマキリで言えば、腕の……『鎌』の部分にあたるのだろうが、『群れ成す邪教徒/イビル・レギオン』のその部位は、当たり前のように普通ではなかったよ。
皮を剥がれた赤い死体どもで組み上げられたモノだ。名を付けて呼ぶことは非常に難しいが、鋭い刃の部分はない。無数の死者で編まれた触手とでも呼べばいいのか。
とにかく、その不気味なものが、『巨狼』モードのジャンへと絡みつこうとする。ミアの攻撃に阻まれていたがね。投げつけた爆弾を、『風』による指向性で導いた……一方向性の爆裂を用いることで。
ジャンを傷つけることなく、カマキリの腕だけを見事に破壊していた。『風』の使い方を、ミアはさらに極めつつあるようだな。お兄ちゃんよりも、今の術は器用だった。
……自らに迫っていた脅威に気づいていたのか、それとも、盲目的な集中力のせいで気づいていなかったのか。ジャンは、一心不乱に牙のラッシュでカマキリの頭部を噛み壊していき、敵の全身はついにぐったりと伸びた。
とどめを刺すために、カマキリの頭部をジャンは持ち上げて、そのまま床に、二度三度とぶつけていく。地面が揺さぶられるほどの力でな。おかげで、ついにはカマキリの頭部は弾けるように割れてしまう。
それと同時に、敵に破滅は訪れた。赤黒い泡立ちが全身へと及ぶ。頭部の残骸も、残存していたツタの全ても、カマキリの潜んでいた花弁の連なりも。
全てが、溺れるようにもがく虫けらどもへと変貌し、そいつらも空気に触れると同時に赤黒い泡へとなった。泡が弾けると、灰色の粉となり、サラサラと崩れて行く……。
「仕留めましたわね」
「ああ。そのようだ」
さすがに、オレとレイチェルも肩で息をしていた。全力全速の猛攻を、ひたすらに続けたわけだから。我々は、完勝してはいるが、楽勝だったわけではない。全てを、この『群れ成す邪教徒/イビル・レギオン』に対して注ぎ込んだことの結果である。
『は、はあ。お、お疲れ、さまですう……っ』
敵の残骸を踏みつけながら、ジャンが近づいてくる。ヒトの姿へと戻り、その場に両手を突くようにして、しゃがみ込んだ。
「はあ、はあ……っ。く、口のなか、変な感触残ってて、き、気持ち悪いですっ」
「お疲れ、ジャン。はい。これ、消毒液だよ。お口のなかを、すすいだ方がいいかも」
「だ、だよね。お、大昔の邪教徒たちの死体に、噛みついちゃった……はあ、よく、消毒したいですう……っ」
「ククク!……確かにな。だが、お前のおかげで、勝てたぞ」
「い、いえ。団長も、み、ミアも、れ、レイチェルさんも、すごかったです!!」
疲れた顔でニコリと笑うと、ジャンはうがいを始めた。
そのあいだに、周囲を観察しながら……呼吸を整えていく。追わなければならん相手は、やはりいない。ならば、すべきことは一つ。肺腑を休めるために、長く深い息を吐き出したあとで、告げる。
「追うぞ。リヒトホーフェンを、仕留める」




