第三話 『愛する者に不滅の薔薇を』 その六十六
「ぬ、ぐ……ッ」
止まろうとする。だろうな。横にブン回した竜太刀の大振りの強打が、今から貴様に襲い掛かる。それを阻止するために止まることを選び、サーベルで防ごうとした。悪くない。ともて、良い反応だな。
『蟲の教団のギルガレア』の紋章から、力をもらっているのならば、防げるかもしれん。揺らぎはあるものの、ジャンの突撃さえも貴様は止めるほどの力を出せるのだから。
オレより強い力を持っているジャンを止められるなら、このフルスイングさえも止めるかもしれないな。おかしくはないことだ。
だから、技巧に頼るのだよ。
自らの突撃にブレーキをかけようとして、力強く左足で床を踏みつけたな。左の腿がふくらんで、それを成し遂げようとしているのが視界の端に見えているぜ。
止まるだろう。
貴様ほどの武術の腕前と、『蟲の教団のギルガレア』がくれる呪いの力があるのならば、それぐらいのことはやれるさ。
だが。
足場そのものが、崩壊したらどうなるのだろうか?
貴様が踏ん張り、ブレーキをけるための力を伝えている床そのものだ。オレのフルスイングは、そこを目掛けて放たれる。貴様を打ちのめしたところで、まだ倒せんかもしれないからな。
貴様の左足の、すぐ隣。そこに、『風』を帯びた竜太刀の強打を叩き込む!
「外れ、た……っ!?」
ちがうね。外し、た。そっちの方が正解だ。内臓的なグロテスクさを帯びている床石の深くまで、竜太刀が断つ。即座に石材が破壊されて、亀裂が入った。
『風』の魔術が組み上げた、この竜巻のような暴風で、その亀裂を吹き飛ばしながら広げれば……罠の完成だぞ。
爆風が生まれる。踏ん張るための床が割れている貴様には、対処の術が少ないだろうな。実際、翡翠の爆風の向こうに見えた貴様は何もやれなかった。割れた床石ごと、浮かび上がり、爆風をその身に余すことなく浴びて、吹き飛ばされていく!!
「ぐ、おおおおお!?」
ダメージを目指してはいない。ダメージよりも、お前に邪魔をさせないのが目的だからな。宙に浮かび、天地逆さまになりなっている貴様の目玉が見開かれる。
ジャンを見つけたようだ。
その通り。
ジャンが動いている。『巨狼』の姿のまま、レイチェル・ミルラの軽業のごとく、壁を駆け上っているぞ。
「あ、ありえん!?」
「ありえるのだ。猟兵に、不可能はない!!」
「く、そお……ッ」
床へとリヒトホーフェンが墜落した。普通の人間族の肉体ならば耐えられん高さからの落下となっていたが。むろん、ヤツは即座に飛び起きた。ヒトの筋力や骨格が作り出す動きではない。上空から、呪術の『糸』で動かされているようだ。
そう。
まるで、操り人形のように。こいつは自らの肉体を、自分以外の意志で動かしている。だからこそ、力の上下と動きがチグハグになっているのだよ。
それらが完璧に一致していたら、もっと強かっただろうが。そうはならなかったらしい。意志が二つある。しかも、貴様は……大神官ゾーンとやらとは異なり、自分を捨て切れていないように見えるぜ。
あちらは、良くも悪くも『蟲の教団』の大義のために動いていた気がするが、貴様は、利己的な理由のために虫けらどもの力を使っているだけに過ぎん。
それでは、『蟲の教団』の神の意志を、完璧には一致しないさ。
「やめろおおおおおおおおおおお!!」
リヒトホーフェンが血走った目で、天井を見上げる。壁を駆け上るジャンは、垂れ下がる巨大な臓腑に飛び移ると、それを足場にして、さらなる高みへと飛んだ。
獣の俊敏さそのものの動きだったよ。
本能に刻まれた狩猟の踊りだ。一切の無駄なく舞い上がり、『巨狼』の牙を、天井に描かれた紋章に突き立てた。
『がるるるうううううううううううううううううう!!』
「ジャン、すごい。『天井に、噛みついてる』!!」
「さすがですね。相変わらずの怪力。あれだけの力では、天井がどれだけ硬かろうが、長く持ちませんわね」
「さ、させるか!?」
だから、銭湯はコミュニケーションだと言っている。レイチェルの言葉に反応し、魔術を放とうとしたところで、遅いのだよ。オレとレイチェルが、左右から貴様に襲い掛かっているのだから。
「お、おのれ……っ!?」
ああ。また、あのおかしな加速を使う。竜太刀を回避し、レイチェルの戦輪の殴打をサーベルで防いだ。曲芸的なありえない技巧でね。まあ、種は、分かっている。貴様自身にも、使いこなせちゃいないことも。
隙があるから、こちらにも対処は、ある。
「メテオ・キック!!」
『風』を帯びて加速したミアが、貴様の顔面目掛けて蹴りを放った。
「速いが、これならば、避けら―――ぐふううっ!?」
ミアの足が帝国貴族の顔面を踏み抜いていた。
折れた歯が舞い散り、潰れた鼻から血か、虫けらどもの体液かは知らんが、赤い何かが飛び出していたな。
「ど、う、して……っ。まだ、紋章は……砕かれ、ては……っ」
「私のお兄ちゃん、呪術師でもあるの」
「じゅ、呪術……で、妨害を……っ!?」
ニヤリと笑う。敵に対しては、意地悪なんでね。
そう。お兄ちゃんは、有能な呪術師でもある。魔眼で、『束縛の金糸/バインド』を使っているよ。上空から降り注ぐ、『呪いの赤い糸』を、金色の呪縛が捕らえている。
呪縛した糸のどれだったのかは知らないが、貴様に異常な動きを与えてくれるものが混じっていたようだな。感覚で、探れるとは思っていたが、やはり当たったな。




