第三話 『愛する者に不滅の薔薇を』 その六十五
魔眼を使う……だが、『呪いの赤い糸』で、満ちてあふれていやがった。
「どこもかしこも、呪いだらけ……ッ。ヤツが、動くほどに、呪いに満ちていく!?」
『きゅ、嗅覚でも、そうです……ッ。呪いが、ここは、の、濃密すぎる……っ』
さっそく、つまずきそうになっているが、ここは経験を頼る。呪術師としても、戦士としても、戦いを積んでいるのだ。弱点や欠陥は、解決すれば力となることも、知っている。
「……呪術師としての知覚で及ばなければ、戦士としての感覚に頼るぞ!!」
『せ、戦士としての、感覚……っ!?』
「ヒト本来の力も、合わせて使うんだ。竜の力や、『狼男』の力だけが、オレたちの力ではない。全てで、知覚すればいい」
『は、はい!!』
目をつぶり、研ぎ澄ませる。マエス・ダーンの授業を思い出した。
「肌でも感じ取れ。疑いを捨てろ。素直になるんだ。オレたちは、とっくに感じ取れている」
『は、はい……』
「より深刻で、明確な悪意を探せ。考えるんじゃなくて、ただただ、感じろ。感覚のままに、五感を頼るぞ……呪いの、殺気を、読み解くんだ」
『……呪いの殺気……』
「呪いの文脈だ。そこらにある、ゾワゾワとうごめく悪意と気配に……そいつは書かれている」
集中した。今は、ミアとレイチェルの様子さえ考えない。猟兵二人だ。何があっても無事に決まっているからな。役割分担の責任を果たす。こちらは、リヒトホーフェンが使用している謎の力の正体を見破らねばならない。
心を、集中力を操るための呪文を口にする。
「焦るな。忘れろ。考えずに、感じ取れ。自分を広げるように、この邪悪な空間の全てを我が感覚で掌握するんだ」
自分の『縄張り』を広げるような感覚だよ。戦っている敵に圧を浴びせてコントロールするのと似ている。状況に与えるのではなく、逆だ。空間そのものを、自分のものにして、ただただ疑いなく素直に認識を深める。
……嫌な場所が、あった。
風が、腐っているような場所。よどみ、からみつき、ねばるような……説明するのには困るが、確信を抱くのには全くもって困らない。座して動かぬ、絶対的な悪意の……視線。
「上だ!!」
『上です!!』
獣のはらわたみたいにグロテスクに歪んだ天井をにらみつけた。臓腑どもがぶらさがっている邪悪な暗がりの先に、それがあった。
「『ギルガレア』の紋章だ」
『で、ですっ。真っ暗で、見えないはずなのに……分かります。こ、これ、呪いを、ちょっと、見てる……んでしょうか?』
「技巧の幅が広がったかもな。オレは、見えているというよりも、視線を感じているぞ」
『呪い追い/トラッカー』は、ハーベイ・ドワーフの奥義。多くの感覚と情報を総動員して組み上げるものだ。新たな感覚が、それに加わることもあるだろうし……あるいは、一時的に、使っている感覚のどれかを研ぎ澄ませることも出来るのかもな。
いずれにせよ。
見つけた。
あのカマキリと狼の混ざったような紋章から、『蟲の教団のギルガレア』の貌が、この戦場を見守っている。満ちあふれて、何が何だか分からんほどに濃密となっている『呪いの赤い糸』の群れを操っていた。
「リヒトホーフェンに、天井の紋章が力を与えている!!」
叫んだ。戦闘は、コミュニケーションだからな。探りを入れるためでもあるぞ、リヒトホーフェン。
「……っ」
「あら。わずかながらに呼吸が乱れた。ヒトのころの癖が、残っていますのね」
「正解ってことみたいだよ、お兄ちゃん!」
「ならば、成すべきことは一つだ!!アーレス!!」
君臨する邪悪をにらみつけて、両脚を前後に開き、腰を下ろした。竜太刀を構える。牙の歌う刀身に、翡翠色に煌めく『風』の魔力をまとわせていくのだ!!
攻撃を準備しながら、探り、誘ってもいる。
……伝わるさ。以心伝心。猟兵は、『家族』だ。
「させるものか!!」
リヒトホーフェンが加速する。異常なまでの加速。読むことが困難な、例の異常な挙動。達人さえも見誤らせる動きで、ミアとレイチェルの包囲を突破しやがった―――と、考えてくれたら、こちらの勝ちだ。
「……罠は、有能さに仕掛けるのだ!!」
「……っ!?」
ドワーフ・スピンで踊る。呪われた異常な動きであったとしても弱点はある。高速で動けば、どうしたって直線的で読みやすい動きへと帰結してしまうのだ。
焦れば視野も狭まる。リヒトホーフェンよ。オレの、前後に開いていた脚の幅は、貴様が見て脅威を覚えた瞬間と、ドワーフ・スピンを踏み込み始めた瞬間が、同じではないことに気づいているかな。
「しま……ッ!?」
オレの狙いは、囮となること。だからこそ、ミアもレイチェルも、貴様を誘うために壁を作ろうとしてくれた。『抜かせるための壁』をね。二人のあいだを超高速で抜き去り、我々が無言の連携で成した罠へと飛び込んだ。
別のパターンもあったよ。貴様の選び方次第では、ほかの形の罠で歓迎してれた。跳躍しようと身を屈めたジャンの方に喰いついていれば、レイチェルが背後から蹴り込んでいたかもしれないし、身を挺して紋章を庇おうと飛べば、ミアが『風』を使って引きずり落とした。
罠はね、知性にかける。無能さを狙う罠など、戦場にはない。知的なつながりは明瞭で見通しが立つものだから、バリエーションも共存する。貴様が選んだに相応しい、罠へと我々は臨機応変に化けられた。
ようこそ。
賢くて有能な悪人野郎。
罠が、お待ちかねだぞ。




