第三話 『愛する者に不滅の薔薇を』 その六十四
リヒトホーフェンが走る。ヒトの動きでは、もちろんなかった。猟兵でも出せない速度、というよりも、ヒトの肉体の使い方ではない。まるで……。
「死ねええええええええええいい!!」
「速いが、斬撃はまともだな!!」
竜太刀とサーベルが交差し、火花と激突の音色が散った。
なかなかの業物らしく、この速度と力の打ち合いでも折れんと来たか。しかも、片腕で、オレと互角。こちらも片腕で振り抜いてはいたが。虫けらどもは、良い仕事をしてはいるようだぜ。
むろん。一対一ではない。
「援護するよ!!」
ミアがリヒトホーフェンの背後へと入りながら、ナイフを投げる。リヒトホーフェンは左腕を振り抜き、ナイフの先端を二本の指で受け止めてしまっていたが。かなりの達人ぶりではあるものの、『寄生虫』で作られた肉体らしい反応も見せる。
指のあいだから煙が上がった。
「……ふむ。これは、『ブランガ』が大量に塗布されていたか」
指が開いてナイフが内臓みたいに脈打つ床へと落ちる。ミアは、教えてくれた。示してくれている。
「『ブランガ』が、やはり有効」
「よく研究しているらしい。必死になって、『ギルガレア』の力を追い求めたか」
「どうだろうな。殺すべき悪には、それなりに意識は払う!敵意もな!!」
両手持ちに変えて、踏み込み、競り合いを崩す!!
いや……ふわりと、異様な『軽さ』をリヒトホーフェンは使い、瞬時に間合いを開けやがった。背後にいるミアへと迫り、斬撃を放つ。むろん、ミアは間合いを取り直して、回避に専念した。
連携すればいい。
力と速さと技巧を持つリヒトホーフェンに、競り合ってやる理由も我々には一つだってないのだから。
「よく動く。ケットシーか」
『し、仕留めますッッッ!!!』
『巨狼』に化けていたジャンが突撃を当てにかかるが、リヒトホーフェンは伸ばした左手で、迫り来る『巨狼』の鼻を押さえつけてしまう。
『そ、そんな……ッ!?』
「ジャンの突撃を止めた!?」
「ああ。なかなかのものだ。とてつもない力ではある。しかし、貴様らにとって、『ここ』は場が悪いのだよ。『聖なる深淵』は、我々に力を与えてくれる空間なのだ」
ジャン目掛けてサーベルが振り落とされるが、レイチェルが戦輪を投げつけて、弾いた。
……弾けたか。その隙に、ジャンは間合いを開けて、斬撃をもらうことはなかった。
「おかしい、ですわね」
「ああ。おかしいな。こいつは、力も動きも、合っちゃいない」
ジャンの突撃を容易く受け止められるのならば、オレの斬撃と互角の威力だったはずもあるまい。腕力を推し量るために、わざわざ竜太刀で受けてやったのだが……感じ取った力は、あくまでもオレと互角程度だ。
ジャンを止める力は、あの瞬間にはなかった。それに、レイチェルの戦輪が狙ったのは動きを妨げ、ジャンが退くための隙を作り出すか、威力と競り合わせてサーベルをへし折ってやるためだったはずなのに、現実は予想と大きな隔たりを見せている。
「トリックがあるんだ」
「つまりは、呪術」
「ご明察だよ、ソルジェ・ストラウス。呪術には、詳しいようだ。しかし、そうだとしても。私に勝てるとは限らない」
ヤツが魔力を練り上げる。それはやたらと早い収束であり、ヒトの行うリズムとは大きく異なった。『寄生虫』の影響かもしれないが、どうにも読みにくさがある。
「避けろ、『雷』が来るぞ!!」
正確無比で機械的な『雷』の矢が、猟兵が飛び退いた影へと突き刺さる。猟兵の身体能力でなければ、当てられていたな。ヤツの魔術の精度が高いからこそ、こうして避けられたとも言える。
この回避を成し遂げられたことが、ヤツの無能さを示しはしないということだ。
「これも、避けるか。面白い連中だ。蚤のように、よく跳ねる」
「リングマスター、ジャン。呪術の対策は、お任せいたしますわ」
「援護するよ、レイチェル!」
レイチェルが接近戦を仕掛け、リヒトホーフェンに襲い掛かった。
『諸刃の戦輪』を握り締めて、舞踏のように美しい連撃を浴びせにかかる。五月雨のように激しい連打と同時に、幻惑するような動きも伴うものだ。やわらかく、早く、速く、良く動いて攻撃の起点もトリッキーときた。
アレをやられれば、武術家は泣かされる。武術の動きは、よりストイックであり、レイチェルの動きほどダイナミックでもなければ変則的でもない。
武術の鍛錬をしっかりと行った者ほど、読み合いの想像力で負けてしまう。
おかしな呪術の影響下にあり、力と動きが一致していないリヒトホーフェンであるが、レイチェルの動きの特殊性に反応し切ることはない。サーベルで受けつつも、いくつか戦輪の斬撃を浴びていく。
ヤツがまともな肉体であったならば、とっくの昔に行動不能の重傷を負っているはずだ。ミアの援護射撃も、何発か当たっているのだからね。
それでも、なお。ヤツは軽快に動く。軽すぎて、力の強弱さえも不揃いな、おかしな動きを続けている。時間を、稼がせるわけにはいかない。
「呪術を、解くぞ!!こいつを、いくら斬っても倒せる保証はない!!」
『は、はい!!『呪い追い』を、か、完成させましょう!!』




