第三話 『愛する者に不滅の薔薇を』 その六十三
……ヒトではなくなっている。そうまでして、何を得ようとしているのか。
そんなことを考えてやれるほど、祭祀呪術を前にして知的にはなれなかったよ。帝国兵どもが虫けらに殺されて、その死体を操られては大変だ。死傷者を増やすわけにはいかん。
「根絶してやるぜ」
それが我々の答えだったよ。確認するまでもない、絶対的な真実である。
足早になり、地下の奥底に進む。内臓的な気配はより強まって、床も天井もお構いなしに血管のように脈動する薔薇のツタが這い回る。ツタの密度が増えていき、床までも肉の質を帯びて行った。
恐怖は無い。戦場で猟兵は、そんなものを感じない。不気味には思い、腹が立つがね。鉄靴で床を這うツタどもを意地悪な力で踏み潰してやりながら、広がる地下空間へと到着した。
おそらく、ここが迷宮都市『オルテガ』の最深部なのだろう。
いよいよ、動物の腹のなかにでも突っ込んだ気持ちになった。暗がりがこもる空中を、ツタというか、血管どもが張り巡らされていて、臓腑にしか見えない幾つかの巨大で歪なカタマリが宙ぶらりんに吊られている。
「……何、ここ」
「悪の巣だろう」
「ですわね」
「……あ、あそこです」
敵がいた。排除すべき男は、迷宮都市の最深部の床に、白い光を放つ魔法陣を組み上げている。その周りには、生贄たちが転がっていた。あのおぞましい『巣箱』の一部とされていた死者たちのように、無数の触手/ツタが体から生えた者たちだ。
寝転がされているが、その身は魔法陣の幾何学的な線に囲まれていたよ。呪いのために、魔力を吸われているようだ。
邪悪な祭祀呪術の中心に、帝国貴族が立っている。服装ってのは、とくに特権階級を示すものは軍装並みに地位を示した。伯爵家に許された色というのもある。ワインレッドのベストは、地位を明白に示した。
そいつは、ぶつぶつと邪教の聖句を口にしながら、瞑想者のように瞳をつぶっていやがる。ヤツの見たいものなど、この世にはないのかもしれない。
どうあれ、ヤツのささやくような呪詛は、この臓腑が垂れ下がっているような不気味空間を、さらなる狂気で飾り付けている。
精神の健康のためにも、付き合ってはいられんね。
「エールマン・リヒトホーフェンだな」
人間違いが出来るような状況じゃない。こんな場所にいるのは、その男しかいないが。一応は名乗っておこう。騎士道に乗っ取った行いだ。オレも、ガルーナ貴族じゃある。
かけた声に、ヤツの身体は動くことをしなかったものの、邪教の聖句は止まった。沈黙が始まり、オレは迷うことなく竜太刀を抜く。
殺気を浴びた帝国貴族は、ようやく口を開いた。目は閉じたままだったがね。不愛想で傲慢な、いかにも帝国貴族的な響きの声が邪悪さに飾られた地下空間に響いた。
「そうだ。私こそがリヒトホーフェン。帝国貴族を呼び捨てとは、いささか無礼が過ぎんかね。赤毛に、巨大な刀を持った大男……北方人は、いかにも野蛮な気配を身にまとっている。不作法で低能なバルモア人と似ているな」
「帝国貴族の話術教師は、ガルーナ人の怒らせ方をレクチャーしてくれるのか?」
「怒ったか。ならば、私と同じ感情を得たということだな、ソルジェ・ストラウス。ガルーナのみじめな生き残りよ」
「みじめな生き残りか。ああ、そうだな。そうだった。しかし、今は違う」
「どうだろうかね。いくつかの奇跡的な勝利が、偶然に飾りつけられた名声が、貴様のような北方野蛮人を増長させているだけかもしれん。自己評価は、正しく行うべきだぞ」
「長い言葉だ」
「長台詞の意味を、読み解くことが苦手なのだろうかね」
「いいや。意図は読める。『時間稼ぎ』したいわけだ」
「……戦いについては、野蛮人の勘も優れるというところか。その通り。これも戦術のうちだとも―――ふん!!」
ミアの放ったスリングショットの弾丸を、リヒトホーフェンは右手で掴んだ。目を閉じたままな。
「……取られちゃった。もうちょっと、工夫がいる敵みたいだ」
「怖がりもしないか。興味深い。『見る』に値するかもしれんな」
帝国貴族の瞳が開く。
「……蟲……」
「き、気持ち悪い……っ」
リヒトホーフェンの目玉の色は、おそらく両目とも青だったのだろう。生来はな。今は、左眼のあるべきくぼみの奥底から、虫けらの白い甲殻がカサカサと動いていやがる。
「とっくの昔に、ヒトをやめていたのか」
「呪わしい姿ですわね」
「私程度で、驚くとは。貴様らは、大神官ゾーンの姿を見ていただろう。あの献身的な宗教家を殺害し、この『聖なる深淵』の底にたどり着いたのだからな」
「『聖なる深淵』ね。名付け方が、皮肉過ぎるぞ。ここほど、邪悪で醜怪な空間も珍しいものだ。大陸のあちこちを旅して回っているオレが保証してやろう。見て分かるほどに、肌で分かるほどに……貴様もこの場所も、邪悪だ!!」
ナイフを投げた。
ミアは、ナイフの影に隠すように射撃を行い、レイチェルは『諸刃の戦輪』を投げつけていた。リヒトホーフェンは、サーベルを抜く。ナイフを叩き落とし、弾丸をどうにか躱したが、レイチェルの戦輪の一つからは逃げられなかった。
胴体に、深く戦輪が突き立てられる。
しかし、暴れる呪いの鋼を、ヤツの剣を持たぬ左手が掴み。乱暴に身から引き抜き虚空へと投げ捨てた。血があふれるも、すぐさまに傷口が蟲に縫われてしまう。
「『ゴルゴホの蟲使い』どもから、虫けらを身に宿すコツでも習ったか。帝国貴族め」
「そんなところさ。さて、こちらからも行こう。やられたら、やり返す。帝国貴族の流儀を見せよう!!」




