第三話 『愛する者に不滅の薔薇を』 その六十二
右に、曲がり。また右に曲がる。厚みの少ないが一つのステップは広い段差を進んでいくのだ。あらゆる気配が濃くなり……再び薔薇を見つける。
「か、壁や、天井に……床にも……薔薇のツタが、走っていますね。し、しかも」
「脈を打っていますわね。これは、血管でもあるようです」
「血管なんだ。これって、さっきのおじいちゃんから生えてたツタの……下側?」
「プールの底に伸びていたが、それが地下へと降りていたのかもしれん」
「な、なんか。き、気持ち悪いですね」
「ククク!まったく、その通りだ」
「この根が、あのご老人の本体なのでしょう」
「アーティストの直感かな?」
「ええ。そんなところですが。彼は、自称400才とのことでしたが、私は疑問に思っています」
「オレもだよ」
「そうなの?」
「で、でも。ヤツは、自分では……あ、ああ。そうか。自分で、思い込んでいたのかも」
「彼は、本物の彼だったのでしょうか。私には、そうは思えません。『不死』の存在など、ありえないものですよ。彼は『寄生虫』や植物のような姿に『変異』したのかもしれませんが、自分がどれほど残存していたのか」
「虫けらに身を置き換え過ぎていた。自分の肉体など、一欠けらもなかっただろうよ」
「あー。そうだねー。そうなっちゃうと、自分の心って、無くなっちゃいそうだね」
「ええ。そう思います。私たちは彼の面影と出会っていたのではないでしょうか?怨念そのものかもしれません。『寄生虫』が模した、古い古い願望。サーカス芸人としては、肉体を失ったとき、魂も失うと信じます。この体こそが、記憶の器であり、主体なのです」
「む、難しいですが。あ、あれは、たしかに……怨念だったのかも。ひ、ヒトを逸脱し過ぎていたというか……たんに、『蟲の教団』の願望を、必死に追いかけていた……面影、そんなものなのかもしれません」
「不死の呪術など、『古王朝のカルト』でさえ成し遂げられなかった。『ゼルアガ』の力を借りたところで、結果は変わるまい」
不死など、この世にはない。不老もこの世にはないのだ。
「さっきの大神官ゾーンとやらは、400年前の妄念が、虫けらどもに保存されたものに過ぎんのだろう」
「き、記憶や、心が、『寄生虫』に保存される……だ、だから、『こいつら』はヒトの形にまとまっているのでしょうか?……そ、その、レイチェルさん曰く、体こそが、き、記憶の器だから……その逆も?」
「ジャン、何を言っているのか分かんない」
「ご、ごめん。そ、そうだよね。ボクも、自分で何を言っているのか、分からない。でも、こ、このツタは……ほら」
『ギギギイイイ!!』
ジャンがツタの一部をいともたやすくむしり取っていた。そいつらは、ツタの形状から虫けらの死骸へと変わる。
「ほ、ほら。やっぱり、そうでした。薔薇に、化けていたんですよね。へ、『変異』する。『ギルガレア』は、罰に応じて、無数の姿を与える……ほ、保存していたのかも?」
「ウフフ。きっと、正しいと思いますわ。そういう直感は、推理を超越して真実に食らいつくものですから」
ああ。我々は、知識や知性で考えるタイプではなかったよ。とくに、このメンバーは感覚的な者がそろっている。『人魚』のアーティストと、野生育ちの『狼男』と、ストラウス兄妹なのだからね。
「この薔薇どもも、かつて『聖餐』とやらによって、創り出された罰の形なのかもしれん」
「あ、悪人たち、何でしょうかね。も、元々は、『寄生虫』たちって……罰を受けて、これに?」
「『蟲の教団』の『聖典』とやらを持っている男に訊けば、多くを知れるかもしれないが。知るよりも先に、殺してやりたいところだ」
「で、ですね」
「……みんな。気配が、あるよ」
「ヒトの魔力ですわね。研ぎ澄ませて、静かに、広げているような使い方……大きくはありません。魔術のような昂りとは異なる」
「つまり、呪術を使っている。祭祀……祭祀呪術か」
「地上で戦っている皆を、呪うつもりなのかもしれないね」
「生贄にしたがっているようでしたから。早急に排除すべきです」
「し、士官とか、部隊のリーダー格には、全員……『寄生虫』が植え付けられているかもしれません。ち、地上で、呪いの気配を追いかけたとき……ここを、ま、守るように配置されているように感じられて……あれは、き、きっと、そ、その、たぶん……っ」
「ジャン。私から素晴らしいアドバイスを一つ差し上げましょう」
「は、はいっ!?な、なんでしょうか、レイチェルさん……っ」
「自信を持つことです」
「……っ!!」
「貴方は、ちゃんと多くを見抜いているのですから。謎の多い敵ですし、異常であり異質ですが、貴方は、ここを見つけて、敵を追い詰めています。その能力と結果を、信じなさい。誰にでも出来ることではないのですから」
「は、はいっ」
「ウフフ。良い子です。それを踏まえて、続きを」
「…………あ、あいつらの体内には『寄生虫』が……います。リヒトホーフェンの命令に従って。あいつを守るために。リヒトホーフェンは、きっと……面影。あいつも、ヒトじゃなくなっているから、これだけの力を使えるのかもしれません」
「『寄生虫』の集合体と成り果てている。自覚さえも、ないままに。だからそこ、ヒトが取るべき当然の行いさえも、捨てられるのかもしれませんわね。ヒトのころの記憶の残骸に流されて動きつつも、主体はとっくに虫けら。哀れですが、厄介で、危険ですわね」




