第三話 『愛する者に不滅の薔薇を』 その五十七
リヒトホーフェンではなかったが、『蟲の教団』の大幹部らしい。しかし……。
「千年近く昔の邪教にしては、5代目とはな」
「……大神官ゾーンとなれば、ヒトの身ではなくなるのだ。罰の蟲たちを、見守り、力を与え……聖餐を管理し続ければならない。我らが、理想郷へと……たどり着く、そのときまでは、ゾーンは不滅なのだ」
「言っていることの意味が分からないぜ。初対面の男に、そんな印象を持たれるような会話をするようになっては、もうろくの極みだ」
「……もうろくなどは、してはおらんよ。老いてはいるが……不死にも等しい命を与えられた。飲むことも、食うこともなく。私は、その聖なる泉より、わずかながらの養分を得れば、いい……素晴らしいことだ。寝ることも必要ではない。あらゆる、ヒトがすべき行いを削り落として、こうして『ギルガレア』さまのために祈り続けていられる」
「何才なのでしょうか、あなたは?」
レイチェルの声に、ローブをかぶったアタマを何度もうなずく。
「……とても、長生きじゃよ。『人魚』の女」
「あら。慧眼ですわね」
「……独特の魔力を、帯びているからな。そなたらの種族は、変わっておる。特別な才能を持つ……姿を変えられる力……あれは、じつに素晴らしい。そなたらの同胞を捕らえ、研究したこともあったぞ。海を泳ぐ、罰の蟲を作るためにな」
「ふむ。私のご先祖さまたちを苦しめたのでしょうか?」
「……苦しめた?……いいや……捧げてもらっただけのこと。我々には、その犠牲は、生贄は、必要だったのだよ。どうすれば、『変異』の秘奥を、より完成させられるか……それを、研究しなければならなかった……もう……あれは…………そうか、リヒトホーフェン伯爵の言うには、400年は前のこと」
「ずいんぶんと、長生きですこと」
「おじいちゃん、400才以上なんだ?」
「……むろん、それぐらいは生きる。私は、もはや、植物に近い存在なのだ……」
「ば、薔薇に、なっていますもんね?」
「ああ……これは、また……珍しい……『呪われた血』かね?」
「は、はい。そ、その、お、『狼男』です……っ」
「あの血筋も、興味深い。研究したかった……私ではなく、3代目のゾーンは、その血の秘密を解き明かそうとした。古い……古い……あまりにも古く、血筋に融けた呪い……根源を見つけ出すことは、ついにかなわなかったが……」
「それで、五代目ゾーンとやら。博識で、なかなかの眼力を持っているようだが、教えてくれるかい?」
「……何をだね?竜混じりの赤毛?」
「リヒトホーフェンを探している。ここにはいないのか?」
「来ていたよ。しかし、役目があるからね……彼は、先に進んだ」
「先……か」
大神官ゾーンと名乗った狂信者の背後には、扉がある。固く閉ざされた木製の扉が。そこに視線を向けると、竜より長生きらしい男は、背筋を伸ばし、腕を上げた。こちらを、見下ろしながら、くぼみの奥で目を光らせる。
「行かせはしないぞ、竜混じり」
「貴様には、関係ないことだろう。邪魔をしないのなら、この地の底で、あと何百年でも好きなだけ奇怪な宗教活動をしていればいい」
「関係は、大いにあるよ。リヒトホーフェン伯爵は……大いなる協力者だ。長らく、誰も、ここにやって来れなかったのだが……彼は、たどり着いた。まさに、『ギルガレア』さまの使徒!彼こそは、我らの念願を果たすべく現れた、最後の戦士だ!」
「念願か……」
「誰もが、望むべき、素晴らしい理想郷の訪れだよ。『ギルガレア』さまのお力で、我々は全ての魂が安らぎを得られる世界へと旅立つ」
「教信者のたわごとには、付き合い切れんのだが」
「……ああ……これだから。俗世の者は……世界の理に挑み、探求し……力を得る。全ての祈りと願いが成就する理想郷に、住みたいだろう?」
「どうだろうな。オレは、この世界しか興味がない」
「……それでは、力持つ者しか救われん。多くの、痛みがある、この不完全な世界から、不条理を捨て去った、正しい純度のある世界にこそ、誰もが、向かうべきなのだ。そのために、『ギルガレア』さまに『聖餐』を捧げつづけ、準備せねばならん」
「『侵略神/ゼルアガ』に、何を祈るという?」
「『ゼルアガ』などと、神々を一括りに呼ぶべきではない。貴様の理解が及ばん、深い領域もあるのだ」
「具体的に、何をしたいのでしょうかね?『聖餐』とやらで、世界をどう変えたいのでしょう?」
「理想郷だ。不死であり、完全に満ち足りた、楽園。そういう形に、変える。誰もが大神官ゾーンのように長く生きて、苦しみも痛みも、煩わしい欲望もない世界にするのだ。そうなれば、罰はない。罪もない。ただただ、幸福に、誰もが融け合う。不滅の薔薇の世界だ」
「不滅の薔薇ですか……誰もが、あなたの下半身のように、おぞましい植物へと成り果てて、融合でもするのでしょうか?」
「そうすれば、分かり合えるよ。永遠に、誰もが、他者を感じずに。ただ、どこまでも己が広がって行くのだ。それは、あまりにも、幸福であり、穏やかであり……究極なまでに完璧だ。その世界に、行き着くために……全てを変えるのだよ」
「どれだけの犠牲が必要なのです?」
「ハハハ。地上で、起きているだろう?……この土地で、起きている争いこそが……道なのだ」
「なるほど。つまり、私たちも帝国兵も、生贄するというわけですね。リングマスター。すべきことは、一つです」
「ああ。悪は滅ぼすのみ。邪魔をするなら、討ち取らせてもらうぞ、ゾーンとやら!」




