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5月2日書籍版発売!!元・魔王軍の竜騎士が経営する猟兵団。(最後の竜騎士の英雄譚~パンジャール猟兵団戦記~)  作者: よしふみ
『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』

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第三話    『愛する者に不滅の薔薇を』    その五十六


 うめきと、そして、邪教の聖句が混じったような声を追いかけ、その地下の広がりへと到達していた。


 これまでの通路は朽ちかけていた部分もあるが、この深い場所だけは異なる。古い石材ではあるが、朽ちてはおらず、修繕される回数も多かったのだろう。外壁に歪みはない。ただし、異常さはある。


 外壁が赤いと来ていた。左眼を閉じて、右目だけで見てみるが、やはり赤い。血の臭いはしないが、何らかの塗料だ。鮮やかな血の色に酷似している。何が原材料なのかは、ガルーナの無知な野蛮人には想像もつかん。


 だが。丁寧な仕事だということは一目瞭然でね。『蟲の教団』という邪教の拠点で、死者の墓よりも敬意を捧げられる空間があるとすれば、何らかの儀式を執り行う場所なのだろう。


 とても不愉快な場所だろうさ。


 うなるような声に、紛れ込むように……無音のまま、その赤い空間へと入る。濃密な『呪いの赤い糸』もひしめき合いながら、うごめいていた。赤い。赤い。色も赤ければ、呪いも赤い。


 そんな赤い空間の中央には、ぬめりを帯びた水がある。整列した石段に囲まれた、泥水の溜まったプールというかね。四方から、その泥水に向かって歩けるような作りだ。正気のうちは絶対にやりたくないが、邪教の信徒は喜んで、この短い石段を進み、泥水の沐浴でもしていたのだろうか。この閉塞感の極みのような地下の奥底で。


 迫害された信仰の行き着く果てなど、あまり楽しい気持ちで見つめられるものではないな。床も壁も天井も赤い。このおぞましい邪悪さを帯びたプールの底まで、きっと、赤く塗りつぶしているのではないだろうか。


 ここは……。


 まるで、臓腑のなかみたいに思えた。


「……ううう……ぐう……ううう、ううう……」


 聖句は消えて、うめき声だけが響く。そいつは、ローブを頭からかぶっていた。赤いローブでね。顔も見えない。上半身をすっぽりと覆い隠してしまう、夏には不適なローブだ。メロどもと同じような趣味か。白に黒に、赤。新しいメロか?……声は、年寄りだが。


 近づく前に、魔眼に頼る。


 ヤツには、ずいぶんと風変りなところがあったからだよ。真夏のローブには慣れて来ているものの、目の前にいるヤツはローブの下が、おかしかった。


 ローブは長さがあるが、その果ては知れている。足首あたりが関の山で、より長くてもそれから三十センチ程度のものだろう。ヤツのローブも例外ではないのだが、脚は見えなかった。


 脚はないのかもしれない。右も左も。というか……この様子では、そもそも下半身そのものがヒトの形状ではないように見える。


 ローブの下から伸びているのは、本来はヒトの下半身があるべき場所に居座っているのは、巨大な植物だった。無数のつたが絡まり合うような形状に似ている。そして、つたの各所からは、鋭く太い棘が生えていた。


「……薔薇ですわね」


 サーカスのアーティストは、声量の達人でもある。オレの耳にだけギリギリに届く小さなささやきを使ってくれて、その正体を教えてくれた。


 そう。薔薇だった。赤い薔薇のつたを、人の腕や脚の太さにして、無数に絡めてしまったもの。そう形容すれば正直だろう。目の前にあるのは、とにかく、そんな異常なものだよ。


 ローブを身に着けた男は古く威厳のある石材の椅子に座っていた。もちろん赤く塗られていたな。丁寧な職人の仕事で。その椅子にどっしりと構えたまま、その男は天井を見ている。苦しそうにうめく息と途切れ途切れの邪教の聖句を吐きながら。


 ……あまり、付き合いたくない行いではあるが、オレもヤツの視線に付き合って、天井を見上げていた。暗がりに満ちた場所も、魔眼ならば問題なく見える。天井には、さっき見た紋章があった。カマキリと狼の混ざったような紋章。赤く塗られた天井に、その顔が君臨していやがった。


 露骨なまでに狂気めいた人物が、あれだけ熱心に見上げているとすれば……きっと、信仰の対象なんだろう。こいつらの、『蟲の教団』の『ギルガレア』は、あの紋章で表現されるのかもしれない。


「……『ギルガレア』……さま…………罪を……罰を……ううう……ぐ、ううう……お与えくださいませ…………聖なる贄……を……うう、ぐうう……捧げますゆえに…………」


 ……おぞましい行いに、長く付き合い過ぎる義理もない。この空間に、罠は気取れない。罠があるとすれば、あの『おかしな人物』そのものにだろう。下半身が、巨大な薔薇のカタマリになっているのだからな。どこぞの皇太子も、似たようなセンスだった。


 装備と、構えを皆が調える。呼吸を、作り。臨戦態勢は完了した。


 奇襲してやりたくもあるが……一応、確認しておこう。


「貴様が、エールマン・リヒトホーフェンか?」


「……っ!?」


 ローブをふかく被ったアタマが動いて、天井の紋章からオレを見た。目の周りは深くくぼんでいて、老齢と痩せた衰えを感じる。帝国貴族らしさは、ない。しかし、邪教的な威厳というものはあるかもしれん。


「……リヒトホーフェン伯爵閣下では、ないよ、私は……」


「人違いだったか。オレたちは、ヤツを殺して、地上で行われている戦を終わらせるために来たんだが……貴様は、『何』だ?ヤツの関係者ではあるようだが、正直、ユニークさが際立ち過ぎて、どう扱えばいいのか困っているぞ」


「……武装し、敵意を向けている……扱い方は、一つだな。私を殺すべきだと、確信しているのだ。赤毛……人間族と…………なんだ?お前の目は?」


「気づくか。昔、死にかけたとき、古竜の魔力をもらい、蘇生した。この左眼には、竜の力が託されている」


「……面白い……興味深い……」


「で。こちらの問いに答えてもらってもいいか?貴様は、『何』だ?」


「……我こそは、『蟲の教団』の大神官……ヒトであったころの名は忘却したが……大神官は名を継ぐ……そちらは、永遠に忘れんよ……我が名は、ゾーン。5代目、大神官ゾーン」




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