第三話 『愛する者に不滅の薔薇を』 その五十五
「『ルファード』で見たヤツは、もっとヒトの姿に近い印象だったな。赤い目が、特徴でもあるが……」
「に、二体いるのなら、違っているのかもしれませんね」
「まあ、確かめるような状況にはしたくないところだ」
「では、進みましょう」
「おう。続いてくれ」
ヒカリゴケの怪しげな緑の輝きに導かれるようにして、道を進む。足跡も、このヒカリゴケに一致している。だが、ところどころ立ち止まっていた。『呪いの赤い糸』が壁に集まっている場所に足先を見せて、膝を突いたのだろう。靴とは異なる地面の荒れがあった。
「巡礼の道か」
「跪いて祈祷を捧げていたのかもしれません。あるいは、呪術的な何かか」
「後ろの方っぽい」
「で、ですよね。お、お祈りだとしても……そ、その、ここの奥から嗅ぎ取れるのは、とてもおぞましいっていうか……お、怨念じみた、においです」
「信徒が自主的に身を捧げたわけではないのかもしれんな。無理やりに、殺した。だとすれば、いかにも邪教らしい」
南のエルフたちに『悪』と見做された集団だ。本人たちは正しいと信じ込んでいたのかもしれないが、善意に由来する邪悪な結果もある。
足跡と、呪いと、ヒカリゴケの輝きを追いかけて、より深い場所へと向かった。道は、複雑に分かれているものの、迷いはしない。呪いの濃い方に向かえばいいだけのことだ。
地下に進むほど、暑さと湿度が増えていく。
「暑いね」
「ええ。蒸し暑さがある。ここは、まるで、生物のなかのようです。呪いや、生贄になった者たちの怨念のせいでしょうか?」
「かもしれんな」
「だ、団長なら、見えますか?怨念?」
「さて。魔眼の力ならば、影程度ならば見えるかもしれないが、今のところは見えていない」
「見てみたいかも。幽霊」
「ウフフ。ミアは勇敢ですこと。でも、私も、会ってみたい幽霊はいますわ」
「うん。私は、ママの幽霊なら、会いたいな」
「見えなくとも、すぐそばにいますわ。私も母親なので、それは分かりますよ、ミア」
「えへへ。だよね。そんな気も、してるんだ」
死者への記憶や、死者への想いというものは、こういう使い方をすべきだと考える。呪いのエサなんぞに使うべきものじゃない。
死や命の使い方さえ分からん者が、邪教を創り出すのだろう。生贄で作った『罰』の力で、世の中を自分の正しさに歪めるなどと……大きな間違いだぜ、『蟲の教団』の連中よ。
……連中への恨みがある者たちよ。尽きぬ無念と怒りがあるのならば、我が影に宿るがいい。せめて、その怒りをぶつけてやろう。
風ではない揺らぎを感じた。暗闇が、動いた気がする。オレの影に向かって、竜太刀に向けて、力がやって来たようだ。
「リングマスター、あまり気負い過ぎぬことですよ」
「……そうだな。すべきことだけ、やるよ」
『人魚』には見えるのかもしれない。というか、芸術家だから感じ取れるのかも。感覚の達人たちは、戦士とは別の視点で、この『歌』の力を肌で認識するようだから。
「……ん。水の音だよ」
「こ、ここから、近くに。み、水があります。よどんで、腐った水がそこにあります。そ、それに、空間も」
「ですわね。何かしらデザインされた空間。敵がいるかもしれません」
「ああ。無音で向かうぞ。魔力も気配も抑えろ」
猟兵たちはうなずいて、暗闇に融ける。こういうのは、ジャンの苦手とする領域の技巧であったが、最近は完璧にこなしてくれるようになったな。元々は、森育ち。気配を操ることには長けてもいる。
人生が、武器になることもあっていいのさ。それぞれの違いが、それぞれにしかたどり着けない最強の形を作ってくれる。
細くなり、古さに崩れる道を進み……水と空間のある場所へと近づくと、小さなうめきを聞いた。血のにおいはない。あれば、ジャンがとっくの昔に報告しているだろう。ケガではない。ケガではないが、誰かが苦しんでいるようだ。
無音が集中力と、過剰なほどに想像力を呼び起こす。暗闇という環境も、そういうものたちとは相性が良すぎて、そこに囚われた者の心を、そういった方向へと押し流してしまうところがあった。
考えるべきだ。
未知への想像力ではなく、より的確にこの脳みその傾向を使うべきだった。
うめき声を、聴力で吸い取り……分析を始める。
「…………ううう……我が主よ……罰……力で……私たちに新たな王国を……与える大いなる神よ。うう、ぐう……捧げましょう……今宵も、我らは贄を捧げましょう……さあ……さあ……う、ぐうう……っ」
年老いた、男の声だ。リヒトホーフェンかもしれない。気配を消して暗闇に一体化したまま、右手の薬指と小指を動かして、あとに続く猟兵たちに合図を送る。備えろ、と。リヒトホーフェンであれば、罠か、それに等しい何かがあるはずだ。
この男は、無防備にはならん。なれない。『ルファード』での攻防からは大味な作戦を使っているが、そもそもは、狡猾で慎重な男なのだ。そんな男は、戦場で無防備を選ぶ勇敢さは絶対にない。
つまり、備えがある。
それは少なくとも、多くの者に軍人として評価されている、ゼベダイ・ジスという守護者に比類するような力だろう。そうでなければ、満足しないさ。一度、強者の護衛を覚えれば、無防備の恐怖に、勇敢でない男は耐えられない。




