第三話 『愛する者に不滅の薔薇を』 その五十四
深みへと向かう。地の底へと降りるような階段の先頭を。鎧を身に着けた者としての義務としてね。今は、呪術師としての義務もあるかもしれん。このメンバーのなかでは、オレが最も呪術師としての知識はあった。
音が変わり、湿度が変わり、においが変わる。かび臭く湿度が増えていて、まるで、ヒトの内側にでも入り込んでいるかのような感覚だったよ。まとわりつく空気には、不快さがあった。よほどの冒険心にあふれていないと、この空間は楽しめんだろう。
オレは、楽しめているよ。
悪を殺すために追いかけているときの戦士は、猟犬みたいに歓喜が血を燃やすからね。
真っ暗闇……というわけではなかった。ところどころにヒカリゴケが生息していて、ぼんやりとした緑色の光が地下通路を照らしている。
地下通路の壁には、死者がいた。
「『地下墓所/カタコンベ』か……」
「そ、そうみたいですね。こ、こいつらは市民、でしょうか……?」
「どうかな。『蟲の教団』の拠点というのであれば、この死者は……その信徒といったところだろうか」
「古い死体だけど。千年前ほど、古くはなさそう」
「埋葬品の燭台は、錆び付いてはいますが魔銀製のもの。『プレイレス』で二世紀前に流行った形式ですわね」
「じゃあ、二百年前の……『蟲の教団』の信者の死体なのかな?」
「そうだと思いますわ。普通のカタコンベであれば、もう少し人の訪れを感じ取れるはずですが……ここには、それがありません。入口から近い彼の遺体にも、敬意を払っているようには思えませんね」
「うん。このミイラ、胸のところ、破壊されているね」
ミアが布をめくり取ると、ミイラ化した死体の肋骨は、内側に向けて折られていた。ハンマーか何かで、乱暴に叩きつけて……内側を調べたらしい。
「リヒトホーフェンにとっては、過去の死者よりも、気になるものがあるんだろう。破壊は、脊柱にも及んでいる。ナイフか……いや、メスのようなもので脊柱周りを削ごうとした痕跡があるな……『寄生虫』を、探していた」
「こういう古いご遺体から『寄生虫』を採取していったのかもしれませんわね」
「え、えぐいです。こ、こんなのから採取した虫けらを、ひ、ヒトに植え付けるなんて」
「ああ。もっと、マトモな行いに時間と労力を注いでくれたなら、もう少し世の中から苦しみが減っていた……戦の最中に、こんな地下墓所へと降りることもなかった」
「罰を、与えに向かいましょう」
「そだね。でも、その前に、探索用の『そよ風』を放つよ」
ミアが『そよ風』を使ってくれる。オレたちの体力が消耗しているから、気遣いなのだろう。そういう健気なところが、お兄ちゃんの心をも癒してくれた。古い死体から目を離し、『そよ風』がくれる音を聴く……。
「……横の広さは、それなりだが……」
「深いね」
「い、井戸みたいに、深そうです……水の、く、腐ったようなにおいもしていますね」
「ところどころ、風が抜けるような音もしましたわね。長い地下通路も、あるようです。何処かに地下でつながっているのかもしれません」
「ならば、急ぐべきだな。リヒトホーフェンに逃げられてはつまらん」
それは皆の同意しているところだろう。確認も取らずに、せっかちな動きで歩き始める。足元を見ながらもな。足跡もある。一人のものじゃない。何人かが、ここを最近になって出入りしていた。
ボーゾッド調査隊とやらの可能性もあるが、それよりもリヒトホーフェンや二人のメロどもの足跡だろう。作業員もいたかもしれないし、『蟲の教団』の異教徒もいたのかもな。その区別はつかないが、答えまではもうすぐだ。
殺すべき敵を殺すために、カタコンベのまとわりつく湿気を突破していく。罠はない。ワイヤーもなければ、呪術の罠もない。ただ、『呪いの赤い糸』は、濃密さを増していき、二度、三度と角を曲がり、二つ目の階段を降りたところで、傾向に変化が現れる。
それまでは空中を漂っていた『呪いの赤い糸』なのだが、それらは石壁に向けて張り付いていく。
「この壁……何か、あるな」
「は、はい。の、呪いのにおいがびっしりと……た、たぶん、こ、この壁の裏には、呪いの根源みたいなものが……あ、あるんじゃないかって思います」
「当たりだろう」
「呪いの根源って?」
「死体だな」
「は、はい。そうだと思います。し、死体の裏に、お墓があるのか……あるいは、も、もう少し、邪悪なものがあるのかも……?」
「『聖餐』とやらを行うための供物……生贄にされたものが、埋められているのかもしれん」
「生き埋めにされたのかもしれませんわね」
アーティストの発想は、鋭かった。壁に向かう『呪いの赤い糸』が、濃さを増していたよ。『呪い追い/トラッカー』は正しい情報を与えることで、より精密さを上げるのだ。つまり、レイチェルの洞察は正しいってことさ。
「ここは、儀式の生贄たちの墓。上の階の信者たちとは、扱いが違うな。生贄にされて殺されたが、独特の敬意を持たれてもいる。壁には……カビが生えていて見えにくいが、紋章がある……」
「紋章?……『蟲の教団』のマーク?」
「そうらしいな。虫けらと獣の……まざったような顔が、刻まれている……これが、『ギルガレア』?……『蟲の教団』の側にいた『ギルガレア』……」
カマキリと狼の混ざったような模様が、そこにある。『ルファード』で見た『ギルガレア』の姿と、似ている、とは思えなかったな。




