第三話 『愛する者に不滅の薔薇を』 その四十八
深い紺碧が美しく、そして頑丈なガラスを作る職人たちの親方は、大きくうなずいていた。
「では、皆に声をかけてこよう」
「北西部を、制圧したい。敵から鋼を奪い、このまま戦士たちと共に北上してくれるか」
「ああ。戦おう。『オルテガ』を、帝国の手から取り戻す……帝国軍は横暴だったが……リヒトホーフェン伯爵には、ついていけない」
「ヤツと何かあったか?」
「大量の『オルテガ・ガラス』を作らされた。安かったよ。質よりも、量を作った」
「薬品を、運んだのか……?」
「用途は知らない。知れば、殺されるとの噂もあったから、商いと仕事に徹していた」
「そうか。ヤツについて、何かしらの悪事を知っている者がいれば、教えて欲しい。邪悪な策を、仕掛けて来てもおかしくはないのだ」
「あ、ああ。だが、おそらく、皆、知らないだろう。脅されることも、あったからね」
「つまり……確信に近い」
「……そう、なのかもしれない。ハッキリとしたことは、言えんがね」
「呼び止めて、すまなかったな」
「いいや。こちらこそ、英雄殿の時間を取らせてしまった。では、貴方の戦士たちに従うとしよう」
「オレの戦士というわけではないが……頼んだ。敵の手から、この街を奪い返そう」
「……ああ!」
親方は家の鍵をしっかりと閉めていた。自らの死を連想してもいるのだろう。さみし気な顔で家を見上げた。
この表情は、忘れてはならんことだ。戦に多くの者を巻き込むのが、支配者だ。ガルーナ王となる男は、民が戦場に行くときの決意を、軽んじてはなるまい。
……甘い気配に、振り返る。
当然のように、銀色の髪の『人魚』が微笑んでいた。オレの背後を守ってくれていたのさ。
「また一つ、力を手に入れましたね」
「ああ。職人たちは、よく働いてくれるだろう。それに、ここの帝国軍をせん滅したことは大きい。北西部の敵は、これで孤立することになる。指示を、与えよう」
「では、隊長格を呼びましょう。さあ!!リングマスターから命令があります!!それぞれのチームのリーダーは、ここに集まってくださいまし!!」
凛とした声はよく響いたよ。戦士たちのリーダーは、すぐさま集まってくれた。誰もが返り血にまみれた、一人前の戦士たちがね。
「指示を与えたい。このまま、北西部の敵を包囲するために、適したルートをそれぞれの部隊に与える。地理に詳しい市民を連れて、命じた通りに移動してくれ。そうすれば、敵を細切れにして、包囲してしまえるのだ」
「了解ですぜ!!」
「やってみせます!!」
「任せた。では……この地図を見てくれるか」
五人の戦士たちに、それぞれが進むべきルートを与えた。ゼファーからの偵察をリアルタイムに行いながらの、かなり確実な指示をね。理想通りに状況が進めば、北部にいる敵の大多数は、三十分以内に包囲されて身動きが取れなくなる。
「殺すことにこだわらなくてもいい。投降を勧告し、捕虜に取ってもいい。抵抗するな厳しく殺せ。厳格さがなければ、敵は増長する」
「イエス・サー・ストラウス!!」
「命令を死守します!!」
「オレたちは、貴方の軍ですから!!」
「ククク!……オレからの仕事を受けるのが、嬉しいのなら。見事に果たしてみせろ!!動け!!」
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「戦士たち、オレに続けええええええええええええええええ!!」
「我々もだ!!遅れを取るんじゃねえぞおおおおおおおおお!!」
戦士たちはそれぞれに部下を率いて、『オルテガ』北西部の掌握のために行動を開始した。
「ウフフ。さすがは、私のリングマスターです。大人気ですわね」
「戦で勝つと、人気も出る」
「ヒトは、争いが好きですから」
「困ったことにな」
「私たちは、どう動くのですか?」
「このまま、南に行こう。敵の分断には、成功しつつある。細切れに敵を殺して行けば、生存本能がアタマを出してくる。リヒトホーフェンの命令よりも、生き抜こうとして、東から逃亡を始めるはずだ……『普通』ならば」
「『寄生虫』については、読み切れませんか」
「もちろん。だが、ヒトの本能は、読める。会話からでも、明らかだった。リヒトホーフェンに、帝国軍を指揮する力など、もはやない。だからこそ、それを悟り、出て来ないのだろうよ」
「厄介な敵ですね。自らの欠陥に対しての自覚がある。破滅的な性格というか、警戒したくなります。今宵は、リングマスターのお傍を離れたくありませんわ」
天才アーティストの勘が、そう告げるのであれば、今夜はこのまま素直に勝利を手に入れられそうにない。
「背中を頼むよ。レイチェルが守ってくれるのならば、邪悪で狂った敵の作為も、それほど怖くはない」
「もちろん。打ち破るといたしましょう。全ての敵の策は、壊せば良いのですから」
「シンプルだな」
「ええ。戦場はそうなのだと、いつもリングマスターは教えてくれますわ」
『人魚』の微笑みに支えられながら、竜太刀を掲げる。指揮官は、迷っていても、それを表には出しちゃいけないからね。シンプルで、とても明白な原理だった。顔に力強さだけを宿し、戦火に赤く染まった夏の夜に命じる!
「戦士たちよ!!このまま、我らは南下するぞ!!帝国兵どもを、包囲し、恐怖と混乱に陥れて、せん滅していく!!敵を、殺せ!!敵の血で、我らが勝者であることを示せ!!」




