第三話 『愛する者に不滅の薔薇を』 その四十六
戦場の喧騒が響くなか、職人街にも帝国兵どもがいた。穿たれた城塞から大勢の『ルファード』軍の戦士が雪崩れ込んでいる状況であり、帝国兵どもはその対処のために追われている。職人街の広場を拠点として使い、戦況の立て直しのため戦力配分を現場判断で見当中といったところか。
あるいは、職人街の市民が蜂起することを防いでいるようにも見える。連帯意識の強い集団であるほどに、愛国心は強いものだ。こういう同業者の集まる地域は、他の地点でも警戒されているかもしれん。
逆に言えば。
敵が警戒しているこの地点を、我々のものにしてしまえば、大きな戦力が確保できる可能性もあるということだ。
弱点や欠陥、問題というものは、解決することが成れば、大いなる恵みを得られるものだよ。
ニヤリとしながら、指示を出した。
先ほどと同様なことをする。ゼファーからの空中偵察を行い、敵集団を静かに包囲してみせた。しかし、先ほど以上に興味も湧く。この敵は、戦術を議論しているようだからな。探るべき価値がある。複数の街路に戦士たちを潜ませつつ、偵察用の『そよ風』を放つ。
地図を広げて会議中の帝国兵どもの声を拾うのさ。汗をあご先から垂らしながらも、目を皿のようにして地図をにらみつけた男の唇から、声を盗む。
「―――東側の部隊との連絡は、まだつかないのか?」
「―――敵に、分断されつつあるようだ。南側まだ、抵抗が出来ているが……東とは途切れてしまっている……」
「―――兵の士気は?」
「―――それが、一番の問題だ。まだまだ立て直せるはずだが……リヒトホーフェン伯爵への疑念が、渦巻いてしまっている」
「―――我ら兵士に、邪悪な蟲を使ったなどと……っ。信じられるのか、そんなものは、敵のデマに違いない……」
「―――どうなのだろうか。私も、そうでありたいと信じてはいるが……」
「―――結束すべきだ。敵のそれは、我々を凌駕してしまっている。それを、解決できれば、我々は、立て直せるはずだ」
「―――そうだな。それを、すべきだ。ジス大尉が、いれば……彼を中心にまとまることもやれたというのに……」
「―――大尉は、きっと、帰還する」
「―――そう、だろうか……いいや、そうだな」
「―――彼こそは、リヒトホーフェン伯爵の忠臣なのだから。理想的な軍人であった」
「―――彼の帰還を信じ、こちらの体勢を維持することを心掛けよう。籠城を、続けるためには……」
「―――西は、もうダメかもしれん。手薄な南側を通り抜けて、東へと抜ける。敵の包囲は、東側が手薄だったとも……」
「―――我々を逃がすための道か……追い詰めれば、逃げ出すと……」
「―――逃亡は、ありえない。伯爵も、その指示を出されはしないだろう……」
「―――伯爵は、今、どこにおられるのか……」
「―――分からん。街の、どこかだろう……とにかく、最悪の状況になりつつある北西の兵を、早いうちに動かすべきか。誰の判断で、やるかだが……」
「―――私の判断で、動かそう。街の西を捨てたとしても、東に立てこもればいい。この街の道は狭く複雑だ。街の中で戦をしながらも、籠城を続ければいい。リヒトホーフェン伯爵の所在が不明であれば、守らなくていい分、戦闘に集中できて良い」
「―――戦後に、兵を動かしたことで責められるかもしれないが……」
「―――減刑の嘆願書を、書いてくれればいい。このまま、北西部の兵を孤立させるよりは、マシだろう……」
……リヒトホーフェンは、この状況でも雲隠れを続けているか。
しかし、それを『戦いやすくていい』と判断するとはな。なかなかの軍才を感じさせるヤツだ。褒めてやろう。だからこそ、仕留める。アーレスも、よろこんでいるぞ。斬るに値する有能な軍人と戦えることをな。
壁の上に身を隠すレイチェルに、合図を送る。レイチェルも、よろこびのままに夜空へと舞った。見張りの帝国兵どもに『諸刃の戦輪』を叩き込む。
その殺人が、合図となった。
「て、敵だ!!」
「亜人種どもだああああああああ!!」
帝国兵どもが動き始めるが、こちらの弓兵の矢が敵前衛を射殺していき、矢の第一波の次に戦士たちが第二の攻めとなり突撃していく。
その先頭に、オレがいるのは当然のことだ!!
敵兵を、斬り、裂き……お目当ての男に近づく!!
「そ、ソルジェ・ストラウスか!!」
「そうだ!!帝国軍人、見どころがある貴様に、オレへと挑む権利を与えてやろう!!」
「待て、オレもだ!!ど、同時に戦うぞ―――ぐはあうう!?」
『諸刃の戦輪』が、ターゲットのとなりの男の胴体に命中していた。ギチギチと鋼が鳴り、肋骨が折れていく音を聞く。残酷な血しぶきが飛び散るなかで、ターゲットと斬撃を交差させた!!
ガキイイイイイイイイイイイイイイイイイイイインンンッッッ!!!
「ぐうううううう!!ま、負けるか、ここで、討たれれば……ッ!!」
「北西の部隊は、全員、呑まれる!!殺されるか、降伏して捕虜になるかの二つに一つ!!」
「あき、らめて、なるものかあああッッッ!!!」
一手、二手、三手と、鋼を打ち合う。実力以上の力だな。『仲間』を助けようとする心意気は、感心してやれる。だからこそ、アーレスも『牙』を使うのだ!!
バギイイイイイイイイイイイイイインンンッッッ!!!
「……ぐはあ!?」
鋼が折れた。夜空の遠くに折れた剣の半分が呑まれていく。無力となった男に、無言のまま選択肢を与える。絶命の一刀を放つ前に、間を作ったのだ。『降伏しても良い』と、示したわけだがね。そいつは。長剣を捨てると、逆手にナイフを抜き放った。
「死ねえええええええええ―――」
竜太刀の一刀で、胴体を真っ二つに裂いた。
「良い軍人だった。敬意を持って、お前の死にざまを記憶しよう」




