第三話 『愛する者に不滅の薔薇を』 その三十六
―――真実なんて戦場で伝わるものじゃない、敵も味方も虚構をぶつけ合う場所だ。
その混沌とした場所のなかで、信じられるものは少ない。
帝国兵どもが信じられるものの一つは、戦友たちの実体験だった。
自分たちを道具として見ていない貴族よりも、戦友の言葉を信じるのは正しい……。
―――帝国軍は全てを敵のせいにしたがった、『寄生虫』もソルジェのせいだと。
情報戦としては非常に妥当なことであり、嘘も戦術に含まれる。
それでも嘘の力は諸刃であって、正義と異なり真実に砕かれることがあった。
リヒトホーフェンは間違っていたよ、兵士の口から告げられる真実は止まらない……。
「『ルファード』で、多くの兵士が逃げたんだ。あれは、敵前逃亡というよりも、リヒトホーフェン伯爵に……ついていけないと感じてだった……」
「逃亡として、断罪される……」
「それを覚悟してでも、ベテラン兵士たちは……伯爵を嫌ったんだよ」
「…………オレたちは……ここに、家族もいる……弟は、ジス大尉と共に……得体の知れない任務に就いている…………」
―――闇を見上げる帝国兵どもの数は、多かった。
彼らにも自分自身で信じた正義や野心が確かにあるけれど、今ここにそれはない。
帝国軍は我々の絶対の敵であり、侵略者には他ならないものの。
一種の誇り高さを、彼らも持ってはいたんだよ……。
―――帝国の子供たちは、帝国兵に憧れた。
勇猛果敢な勝利の使者であり、帝国を繁栄に導く『力』そのものだった。
正しさそのものでもあるよ、勝利というものは正義を保証する絶対性だから。
だが、今この場にいる帝国兵らには自覚を得ることが出来なかった……。
「オレたちは、何のために……帝国のために、帝国軍のために……戦っているはずなのに。そのために、こんな異郷の果てまでやって来たというのに…………実感がない。オレたちは、リヒトホーフェンの野郎なんかの、手駒じゃねえんだぞ!!」
「よせ、戦の最中だ……敵が、目の前に迫っているのに……」
「……そうだ。そうだが……しかし……」
「しかも、強敵なんだ。ソルジェ・ストラウスの率いた軍が、負けたことはないとか……それは言い過ぎなのかもしれないが……十大遠征師団を、ことごとく…………」
―――真実は大きくて、ヒトの知性はそれに頼りたがる。
リヒトホーフェンの与えた虚構を塗りつぶす、いくつかの真実があった。
ソルジェは『寄生虫』と戦っていたし、虫けらに戦士が喰われることを嫌悪する。
戦士への敬意を持つからであり、それは帝国兵に対してさえ同じだった……。
―――戦闘狂でもあるけれど、戦士への敬意を誰よりも持つのが竜騎士だ。
戦場で死んで歌になれと、母から教わるような猛者たちだからね。
戦士の死に方には大きなこだわりがあり、虫けらに喰わせたい死者はいない。
義憤という原始的な怒りがあって、それは敵と味方の垣根も超える……。
「……羨ましい……ッ」
―――矢の撃ち合いの最中に、帝国兵の誰かが口にしてしまう。
吐き出したい言葉ではないだろう、本望ではなかったはずだよ。
それでも心からの感情は、口の堰を越えてしまうことだってあるものさ。
本心が漏れていた、目の前に並ぶ混沌の秩序をにらみつけながら……。
―――『ルファード』軍の誰しもが、心地良さを持っている。
この殺し合いが行われる修羅の場所で、心が大きく満たされていた。
勝利に酔いしれているだけじゃなく、この戦いそのものを楽しんでいるからね。
ヒトは戦いを、愛せる獣でもあるんだよ……。
―――ソルジェみたいな天然の戦闘狂もいるけれど、皆がそうじゃない。
ちゃんと条件がそこにはあって、戦士が一体となっていると安心する。
自信に満ちていると、義務のために働く喜びが生まれ。
獲られる未来が明白であり正当だと信じられたなら、プライドが満たされた……。
―――ソルジェを中心にして作った軍勢には、それがあったよ。
戦士たちはすべきことを果たそうと、混沌のなかに調和をもたらす。
誰もが確信を得て、命懸けの戦いのなかで自分の人生を表現していた。
この戦いは彼らにとって、とても自主的なものであったんだ……。
―――それが帝国兵には羨ましくて、悔しかった。
自分たちとはあまりにも異なる精神を、『ルファード』軍は見せているから。
本来の帝国軍が帯びるべき力だと、その帝国兵は考えていたのだろう。
チグハグに裂かれてしまっている、帝国軍の姿を見ると……。
「オレたちは、ファリス帝国軍なんだぞ!!しっかりしろ!!迷うな、迷うな!!指揮系統は、いつだって絶対だ!!そうすることで、『オルテガ』を奪った!!『ルファード』だって奪っていた!!」
「だ、だが……だが……奪われ返してしまった……オレたちは……それに、以前とは違うんだ。『オルテガ』を陥落させた、ゼベダイ・ジス大尉はいない……っ」
「しかも、あちらも……前と違う……ッ」
「竜が……竜騎士が……魔王ソルジェ・ストラウスが……いやがるんだ……ッ」
―――励ましの激を、打ち破るように。
原始的な強者の歌が、迷宮都市の街並みにこだましていく。
竜の歌が、巨狼の歌が。
帝国兵どもは、その歌に身を震わせながら自身の強さを疑問視した……。
「……オレたちは、きっと……リヒトホーフェンの下じゃ、力を発揮しきれないぞ」




