第三話 『愛する者に不滅の薔薇を』 その九
誰かを敵に回すということの恐ろしさだったな。復讐心というものは、表面に浮かび上がらなくても、しっかりと機能する。潜んだまま、執念深く、静かだが強固な意志のもとに。
「監視体制をかいくぐりながらの作業をしたわけだ」
「ええ。工事現場というものは、雑多なものですからね。混沌とした状況です。監視者たちも油断があったのでしょうし、彼はドワーフの職人だ。とても器用だったんです」
「それに、彼は信じていたわけだ」
「……え?何を、でしょうか?」
「『オルテガ』を制圧している帝国軍が、敗北する日が来るということを」
「……っ」
「復讐というものは、成し遂げるべき道筋だ。彼は、ちゃんと『未来』に期待して、仕掛けていたんだよ」
「そう、ですね。彼は、やはり前向きでしたから。私のような、後ろ向きさは少なかったです……たとえ、奴隷として……与えられれる名誉もないまま、ただただ帝国人に消費されるだけだったとしても……それでも……」
夕日を吸い込んだ瞳が、涙を浮かべる。それを吹くこともないまま、ドワーフの建築家は語り続けた。
「多くの、犠牲で……作った場所なんです。私は、それを伝えられて良かった。ストラウス卿ならば、きっと、役に立ててくださる……そう、ですよね?」
「もちろんだ。この場所を穿てば、迷宮都市の中心部に兵力を注ぎ込める。周囲からプレッシャーをかけておき、敵兵力を分散させておいたならば……戦士が、つまり、こういうルートを通ればいい」
地図の上を指でなぞる。
「なる、ほど。そうですよね。そのルートは、増改築が成されていないはず。定期的に、『オルテガ』からドワーフの職人たちがハリートビー廃鉱に連行されていましたから、工事の状況は理解しています……そのルート、走れますね」
「彼らも、それを期待していたんだろう」
「ええ、建築には文脈が通っています。それを、読み解いて……弱くするようにした。拒むような感覚を、逆に……ああ、これは……そうか。『風通し』を良くしたわけだ。さすがですよ。フフフ……」
「レフォード大学のように、か。拒む力と逆を想像して、これを仕掛けてくれたわけだ」
職人の思考というものは面白いものだよ。究極を目指しているからか、自動的に戦略的な合理性も、その真逆も見通してしまっている。
「このルートに戦力を投入することが可能ならば、引き付けておいた敵兵を、『オルテガ』の南北で遮断することを狙える。敵を、合流させなければ、各個撃破を仕掛けられれば、素早く『オルテガ』内部を攻略することも可能となるな。市民は、こちら側だ」
「反撃と報復の機会を、皆が伺っているはずですよ。『オルテガ』は、何度だって支配者が変わる街なんですから。『次』に、皆が備えています」
「それで。どれほどの工事で、ここの城塞に穴が開けられる?」
「見た目は頑強、帝国人の採用した強度試験にも合格しますがね。鋼を、仕込んでいます。弱い鋼が、石材の裏側に……ドワーフならば、違和感に気づけます。そして、その場所から城塞を割るようにジグザグな通路がある……『フタ』を壊すには、長柄のハンマーだけでも可能ですが、車輪付きの破城槌を使うことで、一発で開けられます」
「一発と来たか」
「ええ。一発です。それだけの強度しか、与えていないはずですから。そして、まだ、あるんですよ。彼らの遺産」
据わった目で、ニヤリと笑いながら木炭チョークが、幾つかの外部の城塞に印を書き込んでいく……。
「それらには、何があるんだい?」
「城塞の地下に、空虚がある。空間がありまして……城塞そのものは頑強であり、破城槌でも穴を開けられるようなものじゃないんですが、その重量と堅固さが弱点ともなりえます。つまり、城塞の下をちょっと掘れば、少なくない面積が崩落します」
「城塞を、『地下』に沈ませられると?」
「ええ。それでも、ほとんど防御機能は損なわれることはありませんが、インパクトはあります。その、敵を引き付けられるかもしれないわけです」
「本命の作戦に併用すれば、有効そうだな。城塞の一部が、崩れたとなれば、否が応でも敵がそこをカバーするために集まる」
「お役に、立てますか?」
「大きくな。勲章でも、やりたくなるぞ」
「そう、ですね。彼らの仕事に、この勝利が名誉を与えてくれる……奴隷に身をやつしても、あきらめなかった心の強さに。気高さに……『オルテガ』を勝利で奪えたあかつきには、彼らのことを称えてください」
「必ず、そうしよう。後世まで、語り継がれる歌になるはずだ」
「……そうなれば、彼も、喜んでくれると思います。職人は、出しゃばることを、好むような者は少ないのですが……それでも、名誉は誰しもが嬉しい。彼は、本当に良い職人でしたから……皆の記憶に、残るべきなんです。私以外にも、多くの者の心に」
ドワーフの建築家に、それから二、三の質問を重ねた。彼は明晰な答えだけをくれる。太陽が、ゆっくりと沈むゆく世界のなかで、復讐の計画がまた一つ出来上がっていたよ。あるいは、名誉回復のための道が。
「……久しぶりに、長く話しましたね……」
「疲れただろう」
「……はい。でも、良い気持ちです……今、この瞬間に、力尽きてもいいと、思えるほどに……」
「縁起でもないことを言うもんじゃねえぜ。お前より、もっと死にそうなヤツだっているんだ。死んでもらっちゃ困る」
歩き続けながら体力を証明したドワーフの言葉に、建築家は苦笑した。
「……そうですね。まだまだ、死んでなんて、いられない。建てたいものも、作りたいものも、まだまだ、あるんですから」




