第三話 『愛する者に不滅の薔薇を』 その七
「そ、その、かなりの早書きですが、問題はありません。あくまでも概略ですが、間違っている部分はないです。その……若いころと現代の構造は違っていますが、若いころにはなかった知識が増えましたので……その、歪なまでの増築が成された街並みの文脈を、読み解けるようになったんです」
リハビリのために歩くドワーフが、大声を出した。
「何言ってるのか、オレには分からねえ!」
「だと、思う……その、つまり、説明するのは難しいんですが、自信というか……確信がある出来なので、間違いはないと思います」
「信じよう。書き方に迷いがなかったからな。君には、見えているのだな」
「はい。見えます。どういう建築哲学が、あの街を、今の形にしたのかも……それに、少なくとも……マルド・メロの『研究施設』の位置に関しては、確実です。私の実体験をもとにしていますから」
木炭チョークが、地図の一点をつついていた。怒れる鳥のくちばしのように、力を込めた突きが、美しさを帯びるまでに完成していた地図をゆっくりと汚していく。
「そこか」
声を掛けてやると、彼の手はその報復を停止した。ゆっくりと、虜囚の日々で汚れた顔面をオレに向ける。夕日を浴びるその顔には、恨みと怒りと、苦悶がいたよ。
「……はい。友人たちの幾人かを、奴隷生活で、得た知人たちも……名前を覚えることもしなかったドワーフも……ここで、死にました」
「街の、ほとんど中心部か……」
「ええ。複雑な街並みのせいで、ここはメインの街道からも遠い。人の流れそのものが希薄な場所ですし……周りに、軍事基地があった」
「民間人の出入りそのものが制限されるというわけだ」
「しかも、『研究施設』の大半は地下に埋まっていましたから」
「『蟲の教団』の『寄生虫』を研究する連中は、地下に施設を作りたがり過ぎるようだ。もしかして、地下でなければならんことが……あるのだろうか」
「それは、私には判断がつかない疑問です。でも、あり得るように思えますよね。『オルテガ』でもそうですし、ハリートビー廃鉱も、そうでした……あの虫けらどもは、日差しを嫌うのでしょうか……」
「たんに、隠すためだけでもなさそうだな」
「専門家たちに、伝えるべき情報なのかもしれません。知識が、ある方たちならば、浮かび上がる真実が潜んでいるかもしれない……とにかく、建築家として、奴隷として働かされていた者として断言できるのは、ここに、マルド・メロの『研究施設』があったということです」
「ありがとう。必ず、ここを調べる……情報が隠されているはずだし、偵察を行う際に、聖域として使えるかもしれない」
「聖域、ですか?」
「リヒトホーフェンは、帝国兵を含めて、この場所に誰も近寄らせようとはしないだろう。ヤツは、ボーゾッドというライバルを殺したが……『カール・メアー』からは、付け狙われているままだ」
「『カール・メアー』、イース教の武装集団。宗教テロリストの?」
「宗教テロリストというか、少しばかり、狂信的なところがある武装した尼僧たちで……」
口走りながら客観視してみると、納得してしまっていたよ。反論する気が失せる程度にはね。彼女たちは、一種の宗教テロリストかもしれんのは、事実であった。孤児だったフリジア・ノーベルを育ててくれた者に使うのは、どうにも悪い気がする言い方だけどね。
「ともかく、リヒトホーフェンは『異教活動』をし過ぎている。狙われているのさ」
「……排除されるかもしれませんね」
「ん。『カール・メアー』が……か」
失念していたリスクだった。『カール・メアー』は、かなりの権力をユアンダートに与えられている。帝国内では、帝国貴族であっても帝国軍であっても、彼女たちの『血狩り』を恐れているというのに……。
だが。
そうだった。
もはや、普通の力学など、リヒトホーフェンは気にしないかもしれない。自分の部下であるはずの帝国兵に『寄生虫』を無断で投与し、呪いもかける。軍事的に、間違った行動をしている最中でもあった。
「……『カール・メアー』さえも、襲いかねんということか」
「いえ、その。たんに、ふと、思っただけなのですが」
「いいや。正しい洞察だよ。リヒトホーフェンの暴走ぶりならば、そんなこともあり得る」
「ぶつかり合って、消耗してくれるとありがたいですね」
「ふむ。もしも、そうなれば、消耗し合うようなことには、ならんだろう。リヒトホーフェンが仕掛けたならば、一気に呑まれる。彼女たちはそれなりに強いが、本職の攻撃に勝ることはない」
「本職……ああ、つまり。帝国兵どもが、『カール・メアー』を襲撃すると」
「あり得るハナシだ」
『カール・メアー』は、『自由同盟』からすれば敵ではあるが、リヒトホーフェンと敵対している組織でもある。協力状態というわけでもないが……警告の一つぐらい送っておくべきかもな。
尼僧を助けるためでもあるし、『カール・メアー』が捕まらなかった方が、リヒトホーフェンに与える負担も大きくなる。周辺を警戒する必要が生まれるからだ。
まったく。
今この場にシアン・ヴァティがいれば、怒られそうだった。オレは、相変わらず女には甘くなっていると。それは、性分だから、どうにも変えられないのかもしれない。




