第二話 『無償の罪に、この手は穢れ』 その二百九
楽しくなる。
突撃していき、あのゼベダイ・ジスとやらの実力を、余すところまで試してみてやりたいとさえ願望していた。アーレスも、竜太刀の『牙』をギチギチと鳴らしていれば、ゼファーも敵を見つめている。
ストラウスの剣鬼の血を満たす、良い戦いとなるはずだが……自重しようじゃないか。ミアが、注意するようにお兄ちゃんのことを見上げていたからね。
「分かってる」
「ん。それなら、いいの」
「そろそろ潮時だ。これ以上、敵を妨害することは難しいだろう。指揮官の首から血潮が吹いても、進軍を続けているような者たちが、多少の妨害工作で止まることはない。オレたちも、疲弊しているしな」
「ゼベダイ・ジスを、無理してでも討ち取るべきじゃない?」
「私はお兄ちゃんに賛成だよ。猟兵だからじゃなくて。あのゼベダイ・ジスは、命令に従ってはいるんだろうけど、やっぱり、リヒトホーフェンの手下だもん。『オルテガ』を攻めた方が有効だと思う。戻ろうとするはずだよ」
「リヒトホーフェンの忠臣だからな。命令を実行することに集中してはいるが……内心では、『オルテガ』とリヒトホーフェンを守ろうとする。表面上、どれだけポーカーフェイスを貫こうとも、本心は必ず行動に反映されるものだ」
とくに。
部下である帝国兵に尊敬されているというのであれば、ゼベダイ・ジスの本質は、かなり真っ当の軍人だろう。
「家を追い詰めれば、忠犬のように戻る。リヒトホーフェンの悲鳴一つで、こいつら全員が『オルテガ』に全力で走ることになるだろうさ」
「……軍隊って、大変なんだ。自分の意志よりも、命令に殉じないといけない?」
「その点に関して言えば、帝国軍という組織は、よく出来ている。悪い面も、あるが、強いのも事実だ。さてと、ドワーフの馬車隊のところに戻るぞ」
『……たのしみは、『つぎ』に、とっておく……』
「『ドージェ』もだ。リヒトホーフェンも、ゼベダイ・ジスも、どちらも仕留めるぞ」
あの背中は、オレの獲物だと決めた。
……こうして、オレたちはドワーフの馬車隊を追いかけて、北北東へと飛ぶ。西の空に浮かぶ太陽は、さらに傾きを増していた。暑さのピークはとっくに過ぎて、山間を走る風には涼やかさも見つけられる。
ドワーフを乗せた馬車を引く馬たちも、汗をかいてはいたが、十分な速度を保っていた。しんがりを守るレイチェルとジャンと合流するために、地上へと降りたよ。
『ちゃーくち!』
『お、お帰りなさい、だ、団長!みんな!』
「リングマスター、偵察はどうでしたか?」
「多少は足止めをやれたし、情報収集もしたぞ」
「敵の傾向とか、指揮官の……おかしな点とかが判明したんだ」
「それは聞いておきたいところですわね。お話を聞かせていただけますか?」
「ああ。だが、その前に……ゼファーに乗ってくれ」
「うふふ。ええ。ジャンの背中も座り心地が良かったのですが。ゼファーのうろこも好きですよ」
『うん!ぼくのせなかのほうが、ぜったいにきもちいいとおもうの!ぼく、しょうしゃだ!』
自慢げにしっぽを高く上げるゼファーを見ていると、愛らしくて微笑んでしまう。
『そ、そういう勝負を、しているわけじゃないと思うけど……と、とにかく。の、乗りましょう、レイチェルさん』
「ええ。ジャンも休んでおくべきです。かなり走りましたし、また、次の戦場では、私の足代わりになってもらわなくてはなりません」
『え、ええ。は、はい。よ、より良い足になれるよう、が、がんばらせていただきます』
「努力なさいな」
明確な序列というか、女王様と下僕みたいな人間関係を垣間見たような気がするが、おそらくオレの誤解だろうよ。たんに、レイチェルは楽しんでいるだけなのさ。
ゼファーに二人を乗せると、空に戻る。ゆったりとした旋回で、馬車隊の周囲を護衛しつつも北上は続いた。情報の交換も完了したぞ。1000人の敵兵の装備の質についてと、想定される戦術……ゼベダイ・ジスについても。
「興味深い戦士ですわね。リヒトホーフェンは、最大の臣下をも、『変異』させてしまう男なようです」
「ぶ、部下とは言っても、腹心なんですよね?……そ、そんな相手にまで、『寄生虫』を仕込むなんて……」
「あら。ゼベダイ・ジスが自ら受け入れたのかもしれませんよ」
「え、ええ!?……そ、それは……そんなことって、ありえるんでしょうか?」
「忠誠心を示したかったのかもしれません。そのために、死をも受け入れてしまう者たちは、世の中にいます」
「り、リヒトホーフェンに、そんなことをしたくなる魅力って、あるんでしょうか?」
「愛しているのかもしれません」
「え、ええ!?だ、男性同士ですけど……!?」
「いいえ。リヒトホーフェンの死んだ娘と、ゼベダイ・ジスは恋仲だった。リヒトホーフェンに仕えることで、失った愛の苦しみを誤魔化せるのかもしれません」
「……どうあれ。難敵ではある。ルチア、暗号文は書けたか?」
「ストラウス卿たちの『フクロウ』で届けてもらうわ。どうせ、どんなに危険でも、避難したがらない長老もいるでしょうけれど、戦い方のアドバイスくらい耳を貸して欲しいところだ。ムダに槍で突っ込もうとするなって……はあ、全員、逃げてくれたら、気が楽なのに」
「死の恐怖や苦しみが、人物や場所への愛を完全に抑止することはありません。どうあれ、届けましょう。リングマスターたちの偵察の結果を」




