第三話 『愛する者に不滅の薔薇を』 その一
第三話 『愛する者に不滅の薔薇を』
馬車のなかに食料も載せられてはいたが、『寄生虫』が仕込まれているリスクも考慮して、その全てを捨て去っていた。結果としてこの逃亡は飢えとの戦いとなる。ドワーフたちは疲弊し腹を空かせ、脱水症状になりつつも、馬車のなかで夏の夕暮れを迎える。
ここまで一度も休憩することはなかった。夏の暑さがハードだったが、生き残るためには必要な行程だったよ。
幸運なことに、訓練が施され、薬物がしっかりと効かされた馬たちは、汗をびっしょりとかきながらも馬車を引き続け、ついに海岸線を望める丘まで到達する。
「おお!海だ!!海が見えるぞおおお!!」
「『ルファード』と『オルテガ』のあいだか……はあ、あの地獄の廃鉱から抜け出せたという実感が、また一つわいてくる……ありがたいことだ」
「……同胞を奪われた恨みは、忘れんぞ。体力が戻り次第、報復をしてやる!」
丘から望む夕焼けに染まる夏の海に、長らく囚われであったドワーフたちは解放感を得ていた。解放されたという自覚が、ようやく心身に満ちあふれ、次にすべき目標を見出す者も現れる。
疲弊した体を馬車から突き出し、馬車に並走して歩くオレに、若いドワーフたちが口々に叫んでいた。
「ストラウス卿!オレを、アンタらの軍隊に入れてくれ!!呪毒も抜けた……食料と水と武器があれば、いつでも戦士に戻れる!!」
「オレもだ!オレも、帝国人に復讐したい!!」
「連中に家族を殺されたんだ!戦わせてくれ……っ!!」
ドワーフらしい闘争心が復活していた。やられっぱなしでいられる種族じゃない。多くの者が疲れ切っているものの、精神力では一人前の戦士に戻りつつある。囚われから解放されるということは、本質を明らかにすることだった。
「いいだろう。鋼を持ち上げられる者は、『ルファード』攻めの軍に参加させてやる。だが今しばらくは大人しくていろ。体力をムダに失う。食料と水も、もうすぐ届くから、今は呪毒を体から絞り出すように、呼吸を整えておけ」
『風』の呪毒を体内から追い出すための呼吸というのもある。魔術の基礎鍛錬の方法を適応したものだ。『雷』属性の魔力を高めることで、それは成せる。
「了解だ……」
「……少しでも……少しでも……呪毒を外に……」
「…………くそ、腹が空いて集中が難しい」
「ガマンしろ。もうすぐ、ゼファーが『ルファード』から戻ってくれる。大量の食料と共にな……ほら、あそこを見ろ。ゼファーだ!」
「お、おお!!」
「竜が……何かを、運んでいる!?」
「め、メシか!?」
『おっまたせー!!』
戦闘能力だけが竜の強さではない。圧倒的な速度で行う、輸送能力もゼファーの持つ軍事的威力と言えるのだ。
「ゆっくり、ゆっくり……ジャン!木箱を、受け止めてね!」
「は、はい!!ま、任せて。ち、力仕事は、得意なんだ……っ!」
ゼファーの身からロープで吊るされた巨大な木箱を、ジャンはその細い腕で容易く受け止めてしまう。かなりの重量のはずだが、まるで干し草の束でも抱えているかのように軽々と持ち上げていたな。
「こ、壊さないように……ゆっくりと置いて……っと!ふ、ふう!だ、団長!食料が、届きました!!」
「木箱を開けて、通り過ぎる馬車に食料を渡してくれ!」
「りょ、了解です……っ!!」
ジャンはテキパキと働いてくれる。木箱からパンと干し肉を取り出しては、馬車から身を乗り出したドワーフに手渡していく。液体のたっぷりと入った瓶もな。
「酒か!?」
「い、いえ。水です。い、いきなりお酒は、体に毒だと思いますので……っ」
「そうか……」
「ご、ごめんなさい……」
「いや、兄ちゃんが謝ることじゃねえよ。ありがとうな」
「は、はい……っ。で、では、次の方、これを、受け取ってください!」
ジャンは木箱から食料と水を取り出しては、ドワーフたちに渡していった。手伝う余地がないほどに、スムーズな動きをしていたよ。対人コミュニケーションには課題を抱えるジャンだが、働き者で素直な魂の持ち主だ。
おかげで、オレは別の作業をやれる。役割分担だったな。地上に戻ったゼファーの元へと向かう。ミアが、オレに向かってジャンプしてくれたよ。
「合体!」
「おう!」
愛しい妹を抱き止めた。
「えへへ。ただいま!」
「お帰り」
ニンマリと笑い合い、幸せな時間を過ごした。
ああ、ミア成分を補給して、シスコンの心を満たしてはいるが、仕事も忘れちゃいない。
「『ルファード』軍は、すぐそこまで来てるよ。このまま馬車で進めば、すぐに合流する」
「そうか」
「『オルテガ』からは、軍隊が出ていない。あっちは、守り切るつもりみたいだね」
「戦力を、かなり出し尽くしているからな」
「うん。でもね、ビビから聞いたよ。リヒトホーフェンは、『集めてる』みたい」
「だろうな。だが、銀貨でどうにかなる勝負でもある。『ルファード』商人の手腕に期待するとしようぜ」
「そだね」
「オレたちも、食事を取るとしよう。馬車隊の最後尾で、全員でメシを食うぞ!」
「うん!晩ごはんタイムだ!!」




