第二話 『無償の罪に、この手は穢れ』 その二百八
『……ふーん。あいつら、ぼくを、むしして、あるきはじめた』
ゼファーのうろこが怒りにヒクついていた。旋回しながらの威嚇で、反応を楽しむ『遊び』を楽しんでいたからな。オモチャが自分を無視して逃げ出しているような感覚を得ているのだろう。
「こっちの作戦を読んだからでもある。来るべきタイミングが、来やがったというだけでもあるさ。怒るなよ、ゼファー」
『……うん。けっこう、あそんだから。べつに、だいじょーぶ』
ゼベダイ・ジスの対処は、模範的ではあった。敵が積極的に攻める気がないとすれば、無視するのも正しい。
体力と魔力と、矢と弾の消耗が激しい我々からすれば、1000人の帝国兵に真正面から攻め込むだけの力はないのだからな。
「あちらの作戦目標は、南のエルフの土地に侵入するということだ。『オルテガ』の防衛にさえも、ゼベダイ・ジスは興味がない」
「帝国軍人としては、絶対に失格だね」
「その通り。しかし、事実として、帝国兵どもは強い同調をしている……元々の忠誠心に、ゼベダイ・ジスのリーダーシップもあるのだろうが、やはり『寄生虫』の関与もあるさ」
「廃鉱の連中みたいに……洗脳っぽいカンジになってるのかも」
『ぼくらを、むしして、すすんでいくね……『どーじぇ』、『どーじぇ』。なんか、このまま、なにもしないの、いや!』
「もちろん、するさ。ミア。連携してくれ。オレが『失敗』するから」
「うん。連携する」
弓の出番だ。残り少ない矢を弓につがえる。ルチアも十分に竜の背からの射撃が上手くなってはいるが、今回は、オレが直々に撃ち込んでおきたいんだよ。
……狙うのは、当然ながら一人だけ。
「ゼベダイ・ジスを狙う」
「……ここで、殺せておければ……あいつら引き返してくれる?」
「そこまでは、望み過ぎかもしれん。だが、情報も欲しい。予測ではなく、確信がな」
この部隊がエルフたちにしたい戦術のパッケージは見えた。それ以外の、可能な限りの疑問も明らかにしておきたい。
弓を構えて、狙いを絞る……。
ガルーナ人の馬鹿力で弓を軋ませながら、隊列のなかで黙々と前進を続けるゼベダイ・ジスをにらみつけた。
これのコツは、殺気を浴びせることだよ。一切、それを隠すことなく、解放するイメージだ。
『……わくわく!』
オレの殺気を感じ取り、ゼファーが嬉しそうに全身のうろこを波打たせていた。竜はね、こういう殺気を喜ぶ。闘争本能が強いからだ。とくに、『耐久卵の仔/グレート・ドラゴン』は、戦いを愛している。
当然ながら。
ガルーナの竜騎士もそうであるし、猟兵も同じ。有能極まる戦士も、変わらんだろう。こちらにも伝わっているぞ。ポーカーフェイスと、無視という石像のように冷たい態度をしていたとしても。
内心では、興味津々だろうが。貴様が、一対一では、どうあがいても勝てない男が、これだけ殺気を浴びせてやっているのだから。
矢を、放つ。
西風の隙間を縫うようにして、夜の流れ星のように真っ直ぐ軌跡を描いた。速く、精密な軌道に乗せられたというわけだ。理想的だぞ。
ゼベダイ・ジス、貴様ほどの戦士ならば、背後に目玉をつけているだろう!
「当たる―――!!?」
期待を込めたルチアの声が、途切れていた。ゼベダイ・ジスが、背後上空から高速で襲い掛かる矢に対して、身をひねる。大剣の舞踏が、鋼の壁に化けた。回転剣舞の一刀により、オレの矢は獲物に当たる寸前で叩き折られる。
「そ、そんな!?あんなのを、避けた!?」
「―――それでいい。オレは、『外れる』のが役割だ」
「……あ!」
『あたるよ、みあ!』
殺気と、それを感じ取れる戦士の知覚というものは実に興味深い。達人の領域にはいるゼベダイ・ジスも、それに近づこうと必死なルチアも、オレが放つ巨大な殺気を的確に受け取っていた。
逆に言えば。
引き込まれていたわけだ。
オレは『今から攻撃するぞ』というメッセージを送り、それを有能な戦士は把握させられていた。
「殺気を込めた動きというものは、読まれやすくもある。目立つんだよ。だからこそ、ゼベダイ・ジスはオレの矢を叩き斬れた」
だからこそ。
その逆は、見過ごされる。
過剰な殺気をむき出しにしたオレの矢は、もちろん『囮』だった。本命は、ミアがその裏でこっそりと放っていた殺気を消し去った射撃だ。
命中していたぞ。ゼベダイ・ジスの剣舞の終わり際に、ヤツの首元をミアの弾丸が撃ち抜いていた。血が、あふれた。当然だ。心拍のある者は、頸動脈を裂かれたら、ああなる。
普通は……。
これで、死ぬものだが。
今、目の前を進む軍勢の指揮官は、普通ではない。
吹き出す赤い鮮血がね、またたく間に終わる。死んだからではない。あの巨体が致死性の失血を起こすには早すぎた。
周りの帝国兵どもは、驚き、心配の声を上げるが、ゼベダイ・ジスは……あの青い目でこちらを見ることもなく、帝国兵どもを手の動きだけで黙らせると、何事も無かったように前進を再開した。
「……あいつ……」
「リヒトホーフェンに献身的な忠臣だったようだ。『寄生虫』を、体内に入れていやがる。『ゴルゴホの蟲使い』どもを、超えた再生能力かもしれんぞ。少なくとも、メロ兄弟よりは、ずっとタフであるに違いない」
悪癖が。
疼いていた。
……オレとゼファーとミアは、本能的な歓喜を得ている。狩りたい敵の一人が、大きな背中を見せつけるように、西へと向かって歩いていたからだ。




