第二話 『無償の罪に、この手は穢れ』 その二百
『くる!!』
「飛べ!!」
鉄靴の内側を使って、反応を伝える。翼が空を叩きつけて、天高くへとゼファーを上昇させた。『骸群の巨蠅/ベルゼブブ』の巨体が肉薄する。羽音をうならせながら、ゼファーの飛翔が残した影を貫いていたな。
「朝の個体よりも、速いと来ている」
「マルド・メロが、融合しているからかな?」
「そうかもしれん」
ブブブブブブ、とやかましい羽音が夏の空を旋回していた。飛び方が、ゼファーとは大きく異なる。翼と羽、形も動かしかたも違うが……朝に見た『骸群の巨蠅/ベルゼブブ』の動きとも、かなり異なっているようだ。
左に右に、傾き方を変えながら天に大きく弧を描く。
「……狙い、にくい!!」
ルチアが舌打ちした。あの細かく震えるような飛び方は、たしかに狙いを外す効果が高いな。左右に振れるだけではなく、その度に上下の変動も加えている。
「距離感を惑わしにかかっているな。体を入れ替えずとも、同じ姿勢のままで飛翔の方向を変えていやがるぞ」
『きよう。でも、いやみなとびかた』
「ああ。飛び方にも、性格が現れるものだ」
ねじれている。そして、知識を頼る飛び方だった。繰り返すような反復で、こちらをそれほど見ちゃいない。
「地上にいる弓隊との戦い方を、想定しての動きに過ぎん。『ゴルゴホ』は、護身術以上を教えているのか!!」
『その通りだよ!!『ゴルゴホ』という組織は、帝国軍の一部とも組んでいるからね!!』
「『帝国軍のスパイ』……ッ!!」
『それを、どういう名前で呼ぶのか、正体までは私には教えてもらえなかったし、そもそも興味もなかったが……『ゴルゴホの蟲使い』たちは、戦術的なアドバイスや、訓練を、彼らから教わることもあった!!』
「敵の根は、どこでもつながっているということ!?……ほんと、ムカつく!!」
ルチアが矢を放った。三本の矢を同時にな。『骸群の巨蠅/ベルゼブブ』の揺らぐ飛び方に対しての彼女なりの答えというわけだよ。手数で、精度を補うという方法だ。
『広い空で、この動きに、その程度の対処で当たるはずもないだろう!!』
「くそ!!かすりもしない!!」
「……こっちの予測の、完全に裏を取ったね。賢い飛び方というか、頭でっかちの飛び方をしてる。それに……羽に、頼り過ぎているところは、つまんないかも」
竜騎士らしい感覚を、ミアが述べてくれた。
「まったくだな!!」
『つまんない、とびかた!!』
『楽しむために、飛んでいるわけではない。幻惑し、そちらの集中力を奪いにかかっているんだよ!そして、低くから、高くから、右から左から!!こうして、『棘』の雨を撃ち放つぞ!!』
作戦を高らかに叫びながら、『棘』の乱射を我々にぶつけて来やがったよ。『骸群の巨蠅/ベルゼブブ』の体表に並ぶ骸骨どもの口が開き、その奥底から太さと鋭さを持った長い『棘』が撃ち放たれる。
前進しながらも撃ち、後退しながらも撃つ。距離感を測りにくい撃ち方ではあった。『ゴルゴホの蟲使い』に対しての訓練は、かなりの真剣な考慮の末に練られたものだったというわけだ。
『帝国軍のスパイ』どもも、『ゴルゴホ』の力を頼ろうと必死だったらしい。どちらの組織も、おかしな能力者の集まりとも言える。帝国内に、居場所があるような集団ではないか。
鉄靴を使い、ゼファーに命じる。『棘』の乱射を回避するためにな。選んだ道は、シンプルなものだ。高く、高く。天高くに上昇することで、『棘』の射線から逃れていった。
『上に逃げるか!!太陽にでも、隠れようとしたのかな!!だが、もう、日はそれなりに傾いてしまっているぞ!!』
「それは、貴様が教えてもらった戦術での言葉に過ぎん。竜と、虫けらが、同じ哲学で飛ぶとは思わんことだ!!」
『ほざけ!!逃げているくせに、追い詰められているんだぞ、お前たちこそが!!』
『骸群の巨蠅/ベルゼブブ』は『棘』を放った。高さを維持したまま、弧を描くように旋回しながら。多くの角度を作って、こちらを狙っていたが……いずれも命中することはない。
速さがあるからでもある。そして、マルド・メロが気づいていない弱点が、『骸群の巨蠅/ベルゼブブ』にはあるからな。
『あ、当たらん!?』
『あたりまえだよ。おまえ、とぶのに、むいてない』
『何を、言っているんだ、羽トカゲえええええええええええええ!!』
挑発されて腹を立てたのか、『骸群の巨蠅/ベルゼブブ』がようやく上昇を始める。感情的になり、無数の『棘』を放ちはするが、当たらない。こちらは速く、高く……『棘』は遅く、精度も低くなっている。
『こ、これだけ撃っているのに、かすりもしないだと!?』
「弱点があるからだよ、蠅のおっちゃん」
ニヤリと唇を歪めてしまう。ちゃんと、ミアも気づいてくれていたことが嬉しいぜ。
『弱点など……っ!!空中からの攻撃は、訓練でも教わっている……それに、『蟲の教団』の聖典にも、巨蠅の使徒は圧倒的な力を持っていたと……』
「『誰』に対して?」
ミアの言葉に、賢さが刺激されていた。巨大な蠅の頭部から生えた、黒いマスクの奥底で、見開かれた瞳があったよ。
『……地上部隊に……対して……ッ』
「その蠅の撃つ『棘』は、大きくて、重すぎるの。細かくブレるように飛ぶから、風に乗せて撃つんじゃなくて、力尽くで風を貫いて撃つだけの重たい弾なんだ。高みにいる竜を狙うには、まったくもって向いてないんだよ」




