第二話 『無償の罪に、この手は穢れ』 その二百一
対象によって適した戦い方というものがあるものだ。空を飛ぶということは、大きな強さではあるものの、空対地と空対空での戦い方が同じであって良いはずもない。
『骸群の巨蠅/ベルゼブブ』の弱点その一だった。ミアの指摘の通りに、ヤツの『棘』は上空を狙う撃つことに、恐ろしく向いていない。上空から、大した速度で移動することが出来ていない隊伍を組んだ戦士の群れを狙うのであれば有効だろうがね。
上空を舞い、高速で飛翔しているゼファーを狙うには、あまりにも不適だった。
『そんな……ッ』
「強さにも、色々とあるんだよ。おっちゃんは、もう少し経験値が必要だったかもしれないね。私たちに挑む前に、もっと戦っておけば、良かったのかもしれない」
『わ、私たち兄弟は……ッ!!た、戦い続けて来たんだ!!どれだけの苦しみを……どれだけの恐怖を……ッ!!乗り越えて来たのか!!……セザル兄さん……ッ!!協力してくれ!!二人だったら、二人だったら……どんな困難にだって、打ち勝てただろ!!』
魔力が、さらに強まった。
『呪いの赤い糸』が見せる、セザル・メロの亡霊もさらに濃くなっていく。
『ぎゃぎぎぎいいいいいいいいいいいいい!!』
『ぎゃがぎいいいいいいいいいいいいいい!!』
骸の口が大きく開き、醜くおぞましい声をひしめかせた。懲りることなく『棘』を放つ。
『これだけ放てば、当たるに決まっているんだああああああああ!!』
「……耳が痛いわ」
ルチアは先ほどの失敗を反省するかのように、空へとつぶやいた。無数の『棘』が空へと放たれるが、こちらが単純な加速と減速をするだけで、躱してしまえる。ヤツは、風を読めていないからな。
地上を目掛けて落とすように撃つには向いているが、上に放てば減速も大きくなる。『棘』のサイズがあるほど、上空で舞う風の影響をより受けてしまうんだよ。
「だから、向いてないよ、その『棘』で、上空のゼファーを狙うのは」
『うるさい!!当たる……当たるんだ!!これだけ、力を込めて、放てば!!必ず、届く!!』
「あいつ、やけになってるんだ。でも……なんで……」
「『それ』も、あいつの重大な弱点だよ」
「……そっか。少し、分かるけれど。やっぱり、戦士としては未熟な男だ。錬金術師としては、とんでもなく残酷なのに」
ルチアも見抜いていた。戦士だからね。『骸群の巨蠅/ベルゼブブ』というか、マルド・メロが持つ、どうしようもない弱点の一つを、しっかりと把握してくれている。
「いい反面教師だ」
「そうだね。空を飛べるのに……『棘』の、弱点をミアに教えてもらっているのに。あいつ、『同じ高さ』にいるままだ。いや、少しは上がっているんでしょうけれど……追いつけていない」
『ざこだね。もうそろそろ、しとめにかかれそう』
全ての力は有限ではない。虫けらのたぐいが運んだ兄の亡霊と融合して、能力を向上させたところで、十分な魔力を有し、戦闘訓練を受けていた過去があったところで、あれだけ『棘』を放ち過ぎれば、疲弊を起こしていくものだったよ。
攻め疲れというものを、こちらは狙ってもいる。
攻撃というものは、繰り出せば体力を失う。空振りすれば集中力を失う。失敗し続けるという行為は、精神を疲弊させてしまうものだ。
「経験値が足りんな」
『く、くそ!!くそ!!どうして、当たらない……ッ!!い、いや……当たらないのならば……ッ!!この巨蠅には、セザルと、贄たちの魔力が、ある!!』
『骸群の巨蠅/ベルゼブブ』の頭部から突き出したマルド・メロの上半身が、両腕をこちらに向けて伸ばす。魔力を練り上げていくのが分かったよ。
「『棘』が当たらないのならば、魔術で攻める。妥当な発想ではあるが、それだけに読まれているぞ」
「どの属性を使うのかも、私たちは知っているよ。『風』の呪毒で無効化される魔力が多いんだ」
『くたばれえええええええええええええええええええええッッッ!!!』
殺意が魔術を呼んでいた。想像の範疇にある通り、『炎』の魔術である。燃え盛る爆炎が空を焼き焦がしながら、ゼファーを追いかけて接近した。
『魔術ならば、制御が可能だ!!外さない!!私たちは、魔術の腕も良かったんだからな!!そうだよな、セザルうううううううううう!!』
「追いかけてくる……けれど!!」
「頼むぜ、二人とも」
『ターゲティング』を使う。迫る『炎』の奔流、その先端に金色の呪印を結びつけるために。
「行くよ、ルチア!!『風』で、貫いてやろう!!」
「ええ!!『風』よ!!」
『風』の魔術の才ある二人が、『ターゲティング』に合わせて魔術を放つ。奔る爆炎を翡翠色に煌めく『風』が貫いて、爆炎を内側から吹き飛ばしていたよ。
爆音が生まれ、空を揺さぶるように遠くまで広がって行く。
かき混ぜられて吹き飛ばされた真紅の灼熱が、空を焼き焦がすように眼下に広がっていた。我々を狙い追いかけるための推進力は、消し飛んでいたよ。
『ち、ちくしょう……ッ!!』
……経験値の良いところは、失敗したときに頼れるという特性があることでね。戦いに慣れていて、多くの失敗に磨かれた戦術であれば、一度や二度の失敗にくじけることもない。
だが。マルド・メロは違っていたよ。能力はあれど、経験は足りなかったな。
愚かなことだぜ。空の高みに竜が君臨しているというのに、何を呆然と失敗させられた魔術の残骸などに気を取られているのか。
「さてと―――」
『―――ころそう!!』




