第二話 『無償の罪に、この手は穢れ』 その百九十九
マルド・メロは戦闘面でも、それなりに賢さを使えるようだ。こちらの策を、見抜いていたか。あるいは、十分な距離に退避してしまった馬車隊を見ることで、理解したのかもしれない。
どちらにせよ、こちらの思惑通りにはなった。
『馬車を逃がせば、義務は放棄するのかな?』
「いいや。教えてやろう。『ギルガレア』が姿を見せた経緯はこうだ。今の貴様にも似た巨蠅を退けたあと、第九師団の生き残りの軍船が乗せていた『巣箱』と一つになり『変異』した軍人が戦場で暴れた」
『ああ、彼か。第九師団は、お前を恨んでいた。『亜人種びいきの邪悪な男』だと。復讐のためならば、どんな選択だってしただろう……しかし、リヒトホーフェン伯爵は、『巣箱』まで、持ち出したのか……』
「気になることがあるのなら、語ってもいいぞ」
『……ごめんだね。そちらが、義務を果たしてからだ。『ギルガレア』は、何をした?』
予想がついているようにも見えるし、おそらく、その通りだろう。だが、確認したいと願っているのさ。正確に状況を把握して、『それまでになかった新しい存在』とやらを創り出すための力の研究材料にしたい。
……構わんさ。どうせ始末することになるのだから、情報をくれてやろう。
「戦場が混沌としたとき、『ギルガレア』が不意に出現した。あの神は、帝国兵の死体から、『火烏の軍勢』を生み出した」
『お、おお!!やはりか……敵対する『蟲の教団』の力に、対応しようとした。テリトリーに近づかれたと考えたから、罰するために、現れた……っ。千年の沈黙を破り!!ああ、予想されていた通りだね』
「誰に、予想されていた?」
『知りたければ、顛末を話せよ』
「……『火烏の軍勢』は、巨大な燃えるカラスの群れだ。『寄生虫』そのものを攻撃するように、『巣箱』と融合していた男に群がり、またたく間に焼き尽くしてしまったぞ」
『罰を、与えた』
「ああ。罰を与え、『寄生虫』を排除したと考えたのだろう。こちらとは、接触することもないままに、とてつもない速さで『ルファード』から去った」
『……南の方角に、だね?』
「……その通り。そこが、『ギルガレア』のテリトリーというわけか」
『そうだ。『ギルガレア』の片割れは、南の森林に君臨していた。元々は、南のエルフたちの神だ……『蟲の教団』が設立されて、神も……『ギルガレア』も二体になったようだがね』
「それは、森のエルフのベテランにしか伝わらない情報だが……『蟲の教団』にも、同じ情報が伝わっていたわけか」
『おそらく、そちらより明白に残っているんじゃないかな。発掘された彼らの聖典には、多くのことが書かれていたんだよ』
「発掘か。『オルテガ』で、リヒトホーフェンは、それを見つけたと?」
『そうだ。リヒトホーフェン伯爵にとって、『蟲の教団』の聖典を見つけたことは、あまりにも大きな転機となった。彼は、自分が求めている力を……『創造的な変異の力』へと至る道を、照らしている教えと出会えたんだよ』
邪悪さを漂わせるほどに不気味な『骸群の巨蠅/ベルゼブブ』の姿を、『創造的な変異の力』とやらの産物と思えば、この連中の狂気の深刻さと、間違いっぷりが再確認できるぜ。
『これで、また一つ、証明したことになる。我々の予想は、当たっているのだよ。『ギルガレア』が出現した。『火烏の軍勢』を引き連れて……『ルファード』の街は……火の海に?』
「いいや。すぐに帝国軍は鎮圧できていた。焼き尽くす対象は、限定的だった」
『……ギー・ウェルガーを倒せる怪物がいたか。誘導する対象は、『懲罰部隊』の男か、巨蠅だったが……』
「どちらも、すぐに倒したからだろうな。『火烏の軍勢』は、対立すべき敵が少なく済んだ。おかげで、被害は、最小限になったんだろう」
『……予想外のファクターもいたわけだが……実験結果そのものは、我々の考えを支持してくれているな……『ギルガレア』が出現したことが、大きい』
「あの神さまが出ると、何か、おっちゃんに良いことがあるの?」
『あるとも。『聖餐』の力は、『ギルガレア』がより多くこの世界に出現することで増したという。そういう権能を、『ギルガレア』は持っているんだよ。事実として……呪毒を大量に浴びたというのに……これほどの力を出せている。毒が、大気で抜けただけじゃない。確実に、『ギルガレア』の出現の恩恵を受けているんだ』
「……『時間稼ぎ』は、お互い様だったか」
『ああ。私の作った呪毒以外にも、何かの毒を盛られていたからね……エルフが、いるところを見ると……『ブランガ』だったか?』
「ルチアじゃなくて、私が毒弾を撃ち込んだんだよ。『ブランガ』たっぷりのね」
『『寄生虫』に対して特別効果の高い毒を、二種類か……苦しかったよ。でも、空は、羽を得た私を、祝福してくれているようだ!!すっかりと、毒は抜けた!!……晴れやかな気持ちだよ。兄と共に……『ゴルゴホ』の実験台から生き抜いた日よりも……『ゴルゴホ』に取り込まれたままの日々から、ようやく自由になったあの夜よりも……兄を感じる、自由を感じる!!セザル兄さん!!私たちは……本物の自由を得た!!』
『……『どーじぇ』、あいつの、のろいが……』
「ああ」
異常なまでに活性化している。『呪いの赤い糸』が、暴走するように。セザル・メロの幻影の形を、赤い糸どもは作り上げ……そいつと、巨蠅の頭部から突き出したマルド・メロの上半身が、一つに融け合っていく。
魔力が、昂っていたな。情報収集のために使える時間は、もうないようだ。




