第二話 『無償の罪に、この手は穢れ』 その百七十五
夏の天空で、ゼファーのうろこが躍った。『ギルガレア』の姿を目撃してから、封じ続けていた闘争本能を解き放とうとしている。
もちろん、許すさ。
オレも同じだったからだよ。素直になる。戦いたがっているんだ。『ギルガレア』と。
その代役としては、あまりにも力不足ではあるが……。
構わん。
ちょっとでも、満たしてくれるのであればね。
「振り落とされるなよ!!垂直降下だ!!」
「わーい!!メテオだー!!」
「……はしゃいでない!?」
「戦いは、楽しむものですからね」
「お、落ちないように、き、気をつけてくださいよう、皆さんっ!!」
流れ星に化ける。
ルルーシロアも得意とする飛び方だが、ゼファーも得意な飛び方だぜ。天空と風を貫く、この最高加速を組み上げる飛び方は……メテオ、彗星、流れ星。練度の低い敵の背後を取りながら、くるりと旋回をする。
地上に衝突するギリギリまで低く、きりもみ状の飛行を使った。地上に吸い込まれるような危険な角度を複雑な軌道で削いでしまうことで、街道の上空10メートル以下の超低空飛行を実現させる。速度は、ほとんど失っちゃいない。補うために羽ばたきを繰り返しているからだよ。
練度が低く、夏の暑さに負けている傭兵どもの怠惰な行進をにらみつける。連中は、酒でもあおっているかもしれない。構わんさ。それでもいい。むしろ、油断してくれているのならば、好都合。こちらは、狩りたいのだ。殺しまくりたい。
何せ。
竜騎士の肌に、『竜鱗の鎧』が戻ったのだ。竜太刀への理解も、かつてより深まってもいる。
「本能が、どうにも押さえつけられん」
「そういうときは、素直になるのが最適です。リングマスター」
「おう!!」
レイチェルのお墨付きをもらったまま、我々は怠惰な敵どもの群れへと背後から強襲を仕掛けた。気づいている者は誰一人としていない。戦場に向かう傭兵としては失格かもしれないが、空から降って来た竜に背後から襲われるなど、予想することは難しいものだ。
容赦なく。
狩らせてもらうとしようじゃないか!!
「蹴散らせ、ゼファー!!」
『いっくぞーッッッ!!!』
傭兵どもの背後から、衝撃を帯びた疾風が襲い掛かる。馬に乗っていた者たちは馬ごとこの疾風に吹き飛ばされ、爪や尾に打たれて即死した者もいる。街道を進む敵兵どもの怠惰な群れを背後から真っ直ぐに引き裂いてやったというわけだよ。
「ぎゃあああああああ!?」
「ぐはああう!?」
「何だ、何が―――ぎひゃあ!!」
数秒間の接触で、敵兵どもの大半が負傷する。死んだのは十数名と言ったところだが、あわてて隊伍を組むことで、死ぬことになった。急旋回して街道の上空へと戻ったゼファーから、『火薬樽』が落とされたからだ。
隊伍を組み、弓を用意しようとしていた連中の左右それぞれに、『火薬樽』が着弾して猛火を生み出した。
「うおおおお!?」
「これが、竜の、炎なのか!?」
「熱い、熱い!!」
さらに十数名が炎に呑まれて死んだ。ミアの鉛玉がさらに追撃を始めた。一人、二人、アタマを撃ち抜かれて弓兵が地上に倒れて行く。混沌とする戦場に、ゼファーは速度を帯びた体当たりで強制的に着陸した。
蹴爪を前にして、傭兵どもの隊列を巻き込んで潰しながらな。着地したあとは、回転して長く伸びてしなる尾の打撃を使い、敵の群れをまた一つなぎ倒していたよ。
「く、くそ!!連携を組み直せ!!」
「竜を、包囲してしま―――」
つまらん命令を実行させるつもりはない。ゼファーの背を蹴り、敵目掛けて竜騎士が一人で飛び込んでいる。竜太刀を縦に振り抜き、敵を一人真っ二つにした。殺しながら地を這うような低い姿勢を選び、狼のような速さで新たな獲物の群れに肉薄する。
「なんだ、この速さは!?」
「バケモ―――」
竜太刀の横薙ぎの一閃が、敵二人を断ち斬る。良い動きだ。『竜鱗の鎧』が軽くなった分、さらに攻撃的な動きがやりやすくなっている。
敵の群れに突撃し、次から次に斬り捨てていきながら、新たな鋼が求めている最適解を確かめていく。戦士として、これはあまりにも面白い時間であった。だが、残酷さがくれる快楽に溺れてはいない。一瞬で、どいつもこいつも殺している。
慈悲深いものだ。
この血の嵐が帯びる恐怖は、実に短いものだよ。それは、死にゆく者へ与える苦しみの少なさとなった。
「ひ、ひいいいいいいいいいいい!?」
「なんだ、こいつらああああああ!?」
的確な悲鳴だったな。オレだけでも、ゼファーだけでもない。全員が、とんでもない戦士の集まりだぜ。
オレに隣り合うように、レイチェルが『諸刃の戦輪』と共に踊っている。オレに負けずとも劣らずの勢いで、敵を血の海に沈めていた。そのレイチェルを護衛するかのように、『巨狼』に化けた紳士なジャンが敵を突き崩す。おかげで、レイチェルはいつにも増して前に出れた。
「ま、負けてられるか!!『風の旅団』のリーダーを、舐めるな!!」
槍を持って走るルチアは、接近戦での実力を示した。この傭兵どもは、練度こそ低いが、実力がないわけではない。十分な戦士と呼べる連中ではあったが、続けざまに二人、打ち負かせてみせた。
すぐに、敵は崩壊する。逃げ惑う敵を、逃がすわけにはいかない。街道での不利を悟った賢い敵が街道脇の木々に身を隠そうと走ったが、ミアの狙撃が次から次に敵を撃ち抜き、逃げ場がないと敵に悟らせる。
「む、無理だ!!」
「逃げられん!!」
「まだ、数は……こちらが上だ……あきらめるんじゃない!!」
隊伍を組み直して突撃しようとした連中には、心をくすぐられた。練度も士気も高くはなかったが、悪くない戦士の群れだったな。だが、最後に集まった連中に、ゼファーが突撃していく。
そいつらを蹴散らすことで、この戦闘は完結した。白兵戦を続けていた連中は、とっくに竜太刀と『諸刃の戦輪』に裂かれていたからな。




