第四話 『ザシュガン砦の攻防』 その六十七
―――『まーじぇ』、さっすがだねー!!
ゼファーが早撃ちで敵兵を片っ端から射殺していく敵兵を殺していく。
今夜もエルフの弓姫は、矢を外すことはない。背中から心臓に届く深さの一撃で、片っ端から兵士に死を与える。
砂漠に死者が馬の背から転げ落ちていき、敵戦力はどんどん減少していった。そして、リエルは攻撃に対する選択肢を変化させる。先頭を走っていた騎兵を射殺す。勢いのある騎兵を殺して、背後を走る騎兵たちに襲撃者が背後にいるということを知らしめるのさ。
騎兵たちの群れのペースを遅くした。
先頭集団があまりにも速すぎると、シャトーに逃げ込まれてしまうからな。
それは避けるべきコトだった。この作戦は、敵の戦力を『薄める』というのが目指すところだからな。敵を合流させることだけは、避けなくてはならん。
「敵がいるぞ!!」
「近くだ!!」
「暗がりでも、矢が届く範囲にいる!!」
眼の前に射殺された仲間の死体が転がったことで、騎兵たちは闇の中に融ける射手への警戒心に駆られていた。未熟なことに、馬の脚を止めてまで、周囲に視線を向かわせていたよ。
駆け抜けるのが基本じゃあるがな……そのあたりに、経験値不足を感じる。馬を操る技巧そのものは大したものだが―――戦場では、最初に決めた作戦っていうものは、貫くのがセオリーじゃある。
仲間と合流しなければ、何にもならんというのにな。この騎兵たちは、立ち止まり、闇に向かって警戒を強めすぎている。リエルとすれば、想像よりも敵が思惑に従ってくれて満足だろう。
馬ってのは、勘がいい動物ではあるが、やはり竜とは異なるのだ。ヒトの思惑を読み切ってくれる程には賢くない。まして、乗り手が未熟な戦士であればな。乗り手そのものもベターな選択肢を知らないほどだ。
彼らに熟練の指揮官がいれば、立ち止まらせることは無かったはずだ。立ち止まれば、馬っていう動物は疲れに呑まれてしまう動物だ。教わったはずだが、若い彼らはそれさえも忘れてしまっている。
戦場ってのは、誰しもを忘れっぽくさせてしまうもんだよ。色々なことをしなくちゃならないし、注意する点が多い。
立ち止まらせたことで、馬は休息を始めたがっている。荒い鼻息から、大量の白い湯気を吐き出している……外気は冷え込んでいた。『カナット山脈』から吹いてくる夜の北風に、馬たちは汗ばんだ体をさらしつつ、荒い息を吐いては、夜の一部を吸い込むのだ。
……あの馬たちは、しばらく全速力で走ることは出来ない。
走り始めて加速する時が、馬ってヤツは体力を使う。とくに、武装した重たい戦士を背中に乗っけている時はな。そして、走ると休むという行動は相性が悪い。どちらかを選べば、どちらかに悪い影響を及ぼすのさ。
騎兵たちは悪い選択をしている。作戦の優先順位を間違えている。シャトーが狙われていると気づいたなら、そこに向かうべきだ。ここで立ち止まってしまうから、ムダに弓兵に襲われることとなる。
二つの矢が飛んでいた。ゼファーの背にいるリエルが放った矢と、馬で砂丘の上に現れたククルが放った矢だ。
いい連携を見せていたよ。
リエルは北から射殺して、ククルは南から射殺していた。北と南からの攻撃に対して、若者たちは慌てる。
「か、囲まれているのか!?」
「そ、そうか、走り抜けたほうが良かった……っ!!」
「……なんてことだ、教わったハズだったのにッ!?」
教訓というものは、やはり戦場でこそ深みを知ることが叶うものだな。血肉や骨や魂までの深さに刻み込まれるほど、若い騎兵たちは後悔していた。この経験が次に活かされることがあれば、彼らは確実に強くなる。より隙の少ない戦士へと成長するだろうよ。
……もちろん。
全ての者が、次の機会を得られるとは限らん。残念だが、彼らが経験値を有効に活用することはない。
「こ、このまま、やられっぱなしでいられるか!!」
勇敢で、そして愚かな者がそう叫び、疲れた馬を驚かせてしまいながらも、北に向かって馬を走らせていく……血気盛んな者のなかには、そういう男もいるものさ。彼は誰もいない砂漠に向かい、馬を走らせる。闇に沈む世界に、いもしない敵を探す。
あんなことをしていれば、精神力を摩耗させるのだ。見つからない敵ほど、戦士の心を慌てさせるものはない。その敵の幻影が、自分の背後に現れることもあるのだ。
「どこだ!!どこにいるんだ!!オレの兄貴を、殺しやがって!!」
……勇敢さよりも、尊い感情から彼はその孤独を選んだようだな。嫌いではない。しかし、敵だ。敵の愚は利用させてもらう。リエルは地上の騎兵たちの視線も想像力も届くことのない高みから、星に並んで矢を放つ。
矢は、勇敢なる若者の左の膝に深々と突き刺さった。北西から飛んで来た矢だ。彼は痛苦の悲鳴を、奥歯同士を強くぶつけ合わせることで噛み殺し、怒りの視線をすでにリエルとゼファーが飛び去った方角へと向けていた。
「く、くそ……っ。み、見つからない……っ。砂にでも、潜っていやがるのか……っ」
砂漠の戦士の技巧には、そういうものもあるのかもしれんな。サソリ避けの毒があれば、そういうことをしても楽しそうだ……っと。リエルが、東の空から矢を放つ。今度は、馬の尻に矢が突き刺さっていた。
「ヒヒン!!」
「……くうっ!?」
「ロンが矢で撃たれたぞ!!救援に行こう!!」
「だ、だが、突出してしまっている!!」
「戦力を、分散しては……そ、それに……南からも敵がいるんだぞ!?」
「仲間を、置いていけるかよ!!」
騎兵たちが混乱している。仲間を見捨てない。良い精神だな。しかし、それを行いたければ一人でも突出して行うべきだった。守りというのは、本質的には反射だ。考えるよりも先に動ける者だけが、敵の理性的な計算に基づく攻撃のプランを崩して動ける。
理性で動くことを良しとする者には、本質から向かない。そういう理性的なヤツは、攻撃にこそ向くもんだ。
そして。
いい戦術家ってのは、敵に混沌を与えるものだと、『白獅子』は語っているのさ。若い騎兵たちは、さまざまな戦術の目的と、見えない敵の恐怖に溺れそうになっていた。リエルは馬を東から射たからな。アルノア・シャトーとの間に敵がいるとも考えている。
東西南北のどこにも敵がいるような気持ちになっているのさ、まして、こう闇に沈んだ戦場では、そういう感覚に陥りやすい。夜の闇は不安と恐怖と相性が良いからな。
突破か救助か合流か……敵は、東西南北のどこにいるのか。心が摩耗する。そして、疲れていくのさ。指揮官がいない部隊の脆さを、彼らは見せつけてくれている。どんな無能な指揮官でも、いないよりはいた方がいい。戦場で無策のまま停止していれば、策略に呑まれて死ぬことになる。
ククルが矢を放ち、一人の騎兵を射殺していた。
騎兵たちは、その死を嘆いてもいただろうが……一つの契機とすることにした。攻撃されたら、反撃すべきだ。弓兵との戦いは、とくにそうだ。待つほどに、矢が飛んでくる。そして、いい加減、あの若者たちも気づいているはずだ。矢が飛んでくる数の少なさにな。
「南だ!!」
「蹴散らすぞ!!」
「敵兵は、そう多くはないはずだ!!」
……正解だ。正解だが、だからこそハマってしまうのが罠というものだ。戦術で構成された罠にかかるのは、バカではない。そこそこ賢いヤツだけが、それに引っかかる。
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