第四話 『ザシュガン砦の攻防』 その六十六
『人魚』の美女は戦輪の使い方以上に、男の使い方も上手いのかもしれんな。あえて娼婦たちを騒がせたことで、騎士に判断させやがった。彼女たちを抱えて戦うのは、不利なことになると。
あのレイドー卿という人物は、合理的な判断をしている。ベテランの騎士らしく、戦闘にも酒にも呑まれてはいない。多少の赤ら顔ではあるものの、頭の回転は上々だった。
24以上の敵……その数がどこまで膨らむのかは想像することも出来ないだろうが、今、このシャトーの中に雪崩込まれると、負けるかもしれない。レイチェルの言う通り、酒を抜くための時間が必要なんだよ。
それに……ここの娼婦たちは、『メイガーロフ人』だ。人間族ばかりを招き入れているだろうが、『イルカルラ血盟団』と同郷の者たちだからな。攻めて来る敵と、同郷の女たちがシャトーの内部にいるってことを、レイドー卿は喜ぶことはないだろうよ。
彼女たちがいつ敵に回るかもしれない。敵と協力される危険性があるような者ならば、遠ざけるに限る。何よりも、レイドー卿はレディーたちを心配してもいるようだった。
「……『ラーシャール』の守備隊への連絡よりも、彼女たちの護衛を優先しろ。戦場は広がらないとは思うが、シャトーの東側にも少しは戦力を配置しているかもしれん」
「……レイドー卿、もしも、敵が来たら……?」
「当然、命をかけて戦うまでのことだ。彼女たちを、戦に巻き込んではならん。『イルカルラ血盟団』とて、元は軍属……同郷の女たちを巻き込むことはないと思うが、彼女たちを守るのが諸君らの最優先事項である」
若い騎士たちにレイドー卿は腕組みしながら教訓を授けていた。いい人物だ。殺すのが惜しくなるが、多分、殺すことになる。
若い騎士たちは、長槍を持ち馬番が厩舎から連れて来たそれぞれの愛馬にまたがっていく。5人の若い騎士……なるほど、レイドー卿は、騎士道の男だ。彼らの大半が、十代だった。死ぬには、少し若すぎる年齢だとレイドー卿は考えている。
レディーを守るための任務というのは、彼らをこの戦いから遠ざけるための方便でもあるかもしれない。レイドー卿は、娼婦たちをエスコートして、東の砂漠へと向かう若者たちの未熟な馬術を見つめながら、どういう意味か悟ることが難しいため息を吐いていた。
……経験ってものが、レイドー卿に告げているのかもしれない。この状況に作為を感じ取っているのかもしれんな。レイチェルの言葉や、元・メイウェイ騎兵隊の新兵たちの志願の熱意に負けて、戦力を城塞から西へと放ってしまったことを後悔している……。
そんな顔にも、オレには見えるんだがな。
眉間にシワを寄せたまま、わずかに開いた唇のあいだから夜風を吸い込んでいる。冷静になろうとしている。さっきの判断は、間違いだったかどうか、考えてもいる―――だが、経験はヒトを助けるものだ。
レイドー卿は首を動かし、その金色の髪が生えた頭をブンブンと横に振る。酔いを追い出すには不適な方法だと思うけれど、迷いを断ち斬るには悪くない儀式になるかもしれん。
……自分が指示したものが、マズい策だと気づいたとき、ヒトが取るべき行動は二つある。
その策を撤回することが出来れば、幸いだな。
時の流れや、その他、さまざまな条件が許すのであれば、是非ともそれを選ぶべきだろう。
しかし、賽は投げられたって言葉もある。
……もう遅いのだ。兵士たちは西の砂漠目掛けて駆け出している。その勢いは、かなりのものだ。戦功に焦る、少々、自信過剰気味な若者たちの勢いを止める手段はない。
止められない愚策なら、そのことを悔やむことは必要じゃないよ。そんなことをしているヒマがあるのなら、次の作戦のことを考えるべきだ。
立て籠もると決めた。
西へと突撃して行く若い騎兵たちは、勝とうが負けようが時間を作るのは確実だ。その時間を有効に使うべきだろうよ。
「―――門を閉じろ!!東西南北、全ての門だ!!城塞の上に、かがり火を燃やせ!!亜人種どもの目は、夜の闇に馴染む者も多いのだぞ!!夜の闇を払い、我々のための視界を確保するのだッ!!」
「りょ、了解しました、サー・レイドー!!」
「門を閉じます!!……手の空いているヤツ!!誰でもいいから、燃料を持ってくるんだ!!立て籠もりの体制を作り上げるぞッ!!」
「おおお!!」
アルノア伯爵の騎士たちも、水をガブ飲みしたり、頭から水をかぶったりして、どうにかこうにか酔いを覚まそうと必死になっている。
……アルノアの周辺警護の部隊に比べると、力量が落ちるらしいが―――長年、帝国軍の騎士として戦い抜いて来たベテランの騎士たちだ。彼らは、一流と呼ぶには十分過ぎる戦力と経験値を有した男たちさ。
アルノア・シャトーを戦闘用の姿にするために、地位も立場にも囚われず、全員がそれぞれがすべき仕事をこなし始めていたよ。
……悪くない練度だ。
酔っ払っているのに、これだけ動けるのなら……戦場に解き放つべき連中ではなかった。シラフだったら、戦力の3倍か4倍は道連れにするぐらいの力量はある。
そういう強兵を、戦場から切り離すことに成功しているのは、オレたちの側の死者を減らすことになったハズだ。『メイガーロフ人』の戦士たちには、一人でも多く生き残ってもらう必要がある。
ファリス帝国と戦ってもらうためにもな―――過酷な道だが、しょうがない。オレたち『自由同盟』も必死なんだよ。ちょっとでも多くの戦力が要るってのが、否定しようがない事実だった。
―――『どーじぇ』!
……ああ。分かっている。敵サンがエサに食いついているな」
燃えるぼろ切れ目掛けて、騎兵の群れが肉薄している。速く走らせ過ぎているが……馬の扱いには自信があるということか。
―――『まーじぇ』が、こうげきをかいしするって!
そうしろ。後ろに回り込んでやれ、リエルは敵の最後尾から仕留めたいはずだからな。
―――らじゃー!
……そうさ。リエルも理解しているだろう。突撃している敵を狙うには、最後尾のヤツから仕留めて行くべきだ。突撃している最中に、いちばん後ろにいるヤツが消えたとしても、誰も気づきはしないからな。
ゼファーは、騎兵たちの背後に回り込み、リエルの射撃が開始される。一本の矢が、確実に一人ずつの命を奪っていく。背中から射貫かれて、その矢の先端は心臓へと達する。残酷な角度であり、ほとんど即死しながら、そのまま馬の背からずり落ちてしまう。
気づかれない。
気づかれないから、無敵のままに一方的な攻撃が可能となる。
リエルは、4人目、5人目と次々に騎兵たちの命を奪った。
そんな背後での殺戮に気づきもしないまま、勇敢な若手はガンダラ・チームが仕掛けていた地雷原に突入していた……馬の蹄に蹴らすため、ミアはワイヤーを張り巡らせていたようだ。
ちょっとだけの刺激でも、そのワイヤーは反応する。あちこちに張り巡らされているワイヤーのどれかに馬が引っかかったとき、そこら中に埋めた地雷が一斉に爆発することになる。若い騎兵たちは、そのワイヤーに引っかかることなく語り合い始めていた―――。
「―――なんだ、これは?」
「たいまつなんかじゃない。コレ、ただのボロ切れだぞ!?」
「……陽動だったのかよ?」
「……クソ!!じゃあ、囲まれているのか?」
「いや……オレたちは、まんまと敵の狙いから、離れてしまったのかもしれないぜ」
「っ!!シャトーが、狙われているっていうのか?」
「そうかもしれない!!狙われているのは―――――」
ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンンンッッッ!!!
どの馬の脚かは分からないが、ミアの仕掛けたワイヤーに触れた蹄があるらしい。次から次に爆発が連鎖して、砂塵と地雷の破片が騎兵たちを襲っていた。光と音が、火力の割りに強い。『こけおどし爆弾』も何個か連動させた罠を作っていたようだ。
さすがは、ミアだな。
四方からの唐突な爆音と強い光に、馬たちが怯えて走り出したり、その場で大きく跳び上がったりしていたよ。もちろん、その背に乗る若い兵士たちも驚いているものだから、落馬が続発する。
下が砂漠だから、それで骨折することもないだろうが、それなりには痛いし、落馬すると馬が遠くに逃げ出してしまうかもしれんな……それに、何頭か転けたまま起き上がれない馬がいる。残念なことに、慌てて跳ねたせいで骨折した。
武装した騎兵を背中に乗せているということは、そういうリスクもある。馬が跳びはねた時に、騎兵が適切な動作を行えなければ、彼らの脚は簡単に折れる。砂漠を走らせる技術は、並以上の連中だが……経験不足だな。
突然の爆発に、慌ててしまい、技巧を発揮することが出来なかった。
本能にすり込むぐらいの鍛錬は、数年単位で構築していくものだ。彼らは、ちょっと若すぎたようだよ。だから、リエルの矢は未熟者を無視して、シャトーに向けて戻ろうとした走り続けている騎兵を上空から狙うのだ。
強いヤツから殺す。
それが、戦場で味方の生存確率を上げるための定石だからな。『パンジャール猟兵団』の……猟兵の戦ってのは、そういうもんだ。
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