第四話 『ザシュガン砦の攻防』 その六十五
「て、敵襲だあああああああああああああああああああああああッッッ!!!」
見張りの敵兵が、大声を上げていた。同僚の体に刺さった矢を、心配そうに見つめながらも、彼は口を大きく開けて、その事実をアルノア・シャトーにいる全ての仲間に伝えるために喉を揺らしていた。
「西だあああああああああああああああああああああッッッ!!!西から、攻めて来やがったぞおおおおおおおおッッッ!!!」
大声に連動して、城塞の上にいた見張りの兵士たちが、警笛の角笛を鳴らしていた。響き渡る一定の音楽のなかに、情報が含まれているのかもしれない。敵の位置とかな……そういう小細工を使うことで、仲間だけに分かる暗号としても使える。
……オレたちは、その角笛の音楽を理解することは出来ないが……一定のリズムを記憶しておくことは可能だ。この角笛の調べを、オレは可能な限り覚えておくことに努める。完全な記憶は難しいかもしれないがな……敵の情報ってのは、多ければ多い方がいい。
シャトーの酒盛りの音楽と明るく楽しげな騒ぎが、幻のように消え去っていく。大盛り上がりの酒宴の場が、これほど静まりかえることは少ない。殺し合いのケンカが始まったって、酔っ払いってのはニヤニヤしながら見ているもんだがな……。
……アルノア伯爵の騎士団は、少しばかり酒が入ったぐらいでは油断しないようだ。酒宴のなかでも、戦いを忘れることのないか。騎士らしいヤツらで、個人的には好ましく感じるよ。
全員が酔い潰れているようでは、斬る楽しみが無いのも事実だ。
「見張り!!敵の数を教えろ!!」
騎士の一人だろうな、剣を引き抜きながら、アルノア・シャトーの中から一人の男が出て来た。三十路ぐらいの男だろう、かなり酒も入っているようだが、足下がおぼつかないほどではない。
水をガブ飲みしながら、見張りに吼えるような勢いで訊いていやがるな……。
水で酒を薄めるつもりだろう。悪くはない。やらないよりはマシだ。胃袋のなかでアルコールの水割りを作るというアイデアさ。戦場では、よく見る方法だ。ガルフは、指を口の奥に突っ込んで、ゲロを吐けと教えてくれたがな。
……まあ、それも勿体ないハナシじゃあるよ。酒が少しぐらい入っていたところで、戦ぐらい出来るものさ。
「わ、わかりません!!正確な数は、見えないですよ!!」
「大まかな数でいいのだ!!」
「は、はい!!数えます!!灯りが、見えるんだ!!」
そうだ。夜の闇のなかでは、しかも砂漠のような遮蔽物が少ない場所では、燃え盛る炎が遠くまで見えるものさ。
ガンダラはそれを利用して、偽りの兵団を用意してみせた。砂漠のあちこちに放たれたボロ布たちが、景気よく燃えて強い赤を揺らめかせている。その一つ一つが、まるで兵士が持つたいまつであるかのようにさえ見えちまうのさ。
……実際には、ガンダラ・チームの数は少ない。指揮官のガンダラに、ミア、キュレネイ、ククル、そしてナックスの五人だけしかいない。だが、燃える炎の数は、今この瞬間にも次々と増えて、24カ所にもなる。
なかなかの数ではあるな。多くはない、むしろ、丁度いいぐらいの数だ。あまりにも数が多すぎれば、このシャトーに立て籠もろうとしてしまうだろうからな……そうなれば、戦力を『薄める』という戦術が使えなくなる。
西に向かって兵士には出撃して欲しいんだからな。とくに、あの炎が揺らめく場所に対して向かうことが好ましい。あの砂漠に何も仕掛けていないとは、思わない方がいい。地雷の一つでも、埋めてあるだろうし……その場所に殺到したところで、誰もいないのさ。
すでに、ガンダラ・チームは南へと回り込もうと動いているよ。正面からぶつかることを、ガンダラは望みはしない。こちらの戦力は少ない。それに、なかなか可能性としては少ないモノだが、アルノア・シャトーの全軍が突撃して来る可能性もゼロではないからだ。
……こちらとしては、その作戦を実行されるのが、最も危険な状況になっちまう。本当の戦力は、5人しかいないんだからな。全軍での突撃を、こちらの数で受け止めるのは辛い。
猟兵の実力をもってすれば、そんなことになったとしても勝ち抜いてしまうだろうが、装備品も体力も大きく消耗してしまう。そいつは、楽しいことではないんだよ。
「か、数は、24です!!24はいます!!」
「24……恐れるほどの数ではないが……」
「……騎士さま!!何事です!?乙女たちが、怖がっていますわ!!」
……レイチェルが叫びと共に、アルノア・シャトーから飛び出して来た。『人魚』の声ってのは、どうしてかヒトの心に響く。音楽のようにうつくしい声だし、レイチェルの場合は声も大きい。
注目を引きつける才能があるし、技巧を使うことで注目を引き寄せてもいるんだろうな。サーカスのアーティストの動きの全てには、計算された意味がある……レイチェル・ミルラはかつてオレにそう教えてくれた。
今夜も彼女の演技力は有効に機能しているようだったよ。襲撃されている事実を、レイチェルの大きな声は、このアルノア・シャトーにいる娼婦たちに伝えていた。
女たちの声が聞こえる……不安げな声で、騒ぎになっているな。かなり、大きな声で騒ぎ始めている……これだけ大きな声でうるさくされると、兵士の仕事はしにくくなるだろうよ。
レイチェル・ミルラの狙いの通りに状況は推移しているようだ。
「不安がらなくてもいい!!我々は、このシャトーを守る!!そうなれば、君らも危険な目に遭うことはない!!」
「敵の数は、少なくとも24はいるのでしょう!?もっといるかもしれませんわ!!そうなれば、ここの騎士団だけでは負けるかもしません!!騎士さまたちの多くが、すでに酔っ払っています!!」
レイチェルの言葉に、騎士は顔色を曇らせていた。
彼は酔いも回っていなければ、自分たちの戦力を、過大に評価するつもりもないらしい。
「……たしかにな。確実に守る戦いは、出来はしない……」
「そうです。せめて、酔いが醒めるまでの時間を稼ぐ必要がありますわ」
「……そうだな」
誘導しようとしている。レイチェルは、アルノア・シャトーの中庭に集まっている若い兵士たちを見つめていた。
「貴方たち!何をボサっとしているのですか!!……年の若い兵士であるのなら、動きなさいな!!敵が攻めて来るのですよ?このまま、攻め込まれては、酔いの回った騎士さまたちがマトモに戦うことも出来ませんわ!!」
「そ、そうだ……っ」
「サー・レイドー!!我々に出撃の任務をお与え下さい!!西の守りは、そもそも我々の仕事なのです!!」
「我々に、名誉回復の機会を!!」
「……立て籠もるべきではあるが……っ」
「それに!!サー・レイドー!!我々が脱出するために、護衛を少しつけて下さいませ!!この状況、伯爵さまにお伝えする必要がありますもの!!街の兵士たちと連絡をつけるべきですわ!!」
まるでレイチェルは指揮官のようだった。通常ならば、高級娼婦の言葉に騎士がどこまで耳を傾けるかは分かったものではないが……。
レイチェルの歌や踊りは高く評価されているのさ。才在る美しい者には、ヒトは敬意を払わずにはいられない時がある。まして、その人物の言葉に、一定の合理性が存在している場合はとくにな。
「……そうですな。分かりましたよ、レイチェル・ミルラ。女性を戦いに巻き込むことは騎士道に反することです。5名の騎士を護衛につけましょう……彼らは、貴方たちを護衛すると共に、『ラーシャール』への連絡役でもある」
「ええ。お願いしますわ!!さあ、皆、急いで移動の準備をなさい!!街に戻るわよ!!戦いに巻き込まれては、笑えません!!」
「は、はい!!」
「レイチェルさん、準備はオッケーです!!」
「お代は前払いでいただいているので……」
「ウフフ。ならば、文句は一つもありませんわね。騎士サマたち、私たちのエスコートをお願いします」
読んで下さった『あなた』の感想、評価をお待ちしております。
もしも、レイチェルの『演技力』を気に入って下さったなら、ブックマークをお願いいたします。




