第四話 『ザシュガン砦の攻防』 その六十四
金庫の中にあるスクロールは全部で十数本ってところだった。オレは盗賊みたいにその巻かれた羊皮紙に指を伸ばしていた。もちろん、安っぽいスクロールに対してだ。
その一つを取り出すと縛り紐を外して、羊皮紙を伸ばしていく……アーレスの魔眼の力によって、暗闇が苦になることはない。
伸ばされたその革製品からは、カビと泥とインクの混じった臭いがする。泥だらけの田舎の作業小屋みたいな臭いさ。嗅いでいて心が弾むことはないものだが、そこにある文章と血判は、オレの心を満足させるものだったよ。
―――ジェイン・ファーヴァ・アルノア伯爵への契約を果たすことを誓います。
我らが35名の剣客は、銀貨7000枚と3ヶ月分の食料と水、医薬品と20頭の馬の対価として、閣下の命に忠実に従います。
火の影の旅団団長、ドーン・ライバー
「……35人も雇用しているか。なかなかやるじゃないか」
うちはオレを含めて13人が正規の団員だからな……ちょっとだけ、経営手腕で負けているような気持ちになるぜ。だが、うちは量より質。この35人を、うちの団員なら一人でも狩り尽くせると信じている……。
この契約書はいい証拠になる。契約したのが2ヶ月前の日付だということもだし、銀貨7000枚で、3ヶ月の雇用ってところもだ。
7000枚の銀貨と聞けば、心が思わず弾んでしまうが、それを35人で割ると悲惨な枚数になっていくな。200枚、それを3ヶ月だぞ?……一日あたりの日当が、銀貨2枚だ。平均してな……食料と酒や水の代金の方が多いとはいえ、手取りが少なすぎる。
コイツらが領主に税金を払うことのない、根無し草の傭兵だったとしても、命がけで貴族の命令に従うには、対価があまりにも安くなるんだよ。銀貨2枚で、貴族の使いっ走りにされるようなヤツはいない。
「……別の稼ぎ口が保証されてあるということだ。コイツらは、山賊『ラクタパクシャ』として、商隊から金品を略奪していた……アルノアは、その商品も対価として支払っているんだろうな」
……山賊としての罪を、後年も問わない……そういう約束もあるのかもしれない。アルノアがメイウェイを追い出して、この土地の新たな太守となった時、この火の影の旅団とやらを山賊として捕らえることはない、そんな契約もあるのだろうさ。
そうでなければ、日当あたり銀貨2枚で3ヶ月も働くことはない。もっと稼げる仕事ならいくらでもあるからな……。
状況証拠に過ぎないと言えばそうだが、疑り深い者や、オレのような傭兵稼業……そして、傭兵と組むことも多い軍人がコレを見れば理解する。大きな違和感と、それを補うための方策にな。
メイウェイが叩き上げの軍人で、従軍経験が豊富な男だというのなら、この羊皮紙一枚だけでも確信するんじゃないかと思うが……他のスクロールも開いて見るか。
好奇心に急かされるように、オレはアルノアの執務机の上にそのスクロールを広げていく。
それらの羊皮紙には、傭兵団の名前と、それぞれの代表者の名前が記されていた。どいつもこいつもまとまった金をもらってはいるが、数ヶ月という単位で見れば、あまりにも薄給だったよ……。
……短期間でこれだけの傭兵を雇用したとなれば、それだけでも十分に怪しいな。傭兵っていうのは、軍事力でしかない。することは警備?……手癖の悪く信用することが困難な流れ者が、貴族の身辺警護に大量の傭兵を雇うことはない。
『ラクタパクシャ』を作るだけではないだろうな……アルノアのヤツは、『ラクタパクシャ』と自分の騎士団を使うことで、メイウェイの命でも狙っていた……これだけの数の傭兵を雇っていたことを考えれば、メイウェイはその事実を正すかもしれん。
……もちろん、メイウェイが、今夜の戦いを生き延びればだが…………アインウルフの協力を引き替えに、メイウェイを助ける…………そういうワケにもいかんな。オレが肩入れすべきは、バルガス将軍と『イルカルラ血盟団』だ……。
今夜、メイウェイが死ねば、それまでのハナシだな。
アインウルフの軍馬育成の腕を借りられないことを、ガンダラはイヤがるかもしれないけどな……。
この書類の使い道は、他にもある。次の太守であるアルノア伯爵の非道を宣伝することは、オレたちに利する行いになる。この契約書の束を、各街の豪商やリーダーたちにでも見せてやるってのでもいい。
それから先の、もっと高度な政治的な駆け引きについては、オレが考えなくてもいいことだ。帝国内にいる内通者を通じて、アルノアの政敵にでもくれてやればいいんだからな。
……とにかく、この羊皮紙たちを回収しておくことにしよう。数を揃えて持っていた方が有効に使えそうだ。まあ、後からメイウェイのヤツに、一枚ぐらいは届けておいてやろう。そっちの方が、混乱するさ……ヤツへ確実に伝わる方法を、オレは持っているからな。
うちには、600メートル離れた獲物にだって矢を確実に命中させられる弓姫がいるんだよ。
雑嚢に羊皮紙の契約書を詰め込んだ後で、オレはギンドウ・アーヴィングが手作りしてくれた懐中時計を取り出した……短針と長針の織り成す形を見つめて、オレはニヤリと笑うのさ。丁度良い頃合いだったよ。
……戦いが始まろうとしているのさ。
真っ暗なアルノア伯爵の部屋を歩き、部屋の西側の窓へと近づいた。鎧戸がしっかりと閉じられている。指をつかって、その固定具を外し、ゆっくりと鎧戸を押し開いていた。
清涼さというよりも、肌に噛みつくような青い冷たさを宿した夜風が頬に触れて、オレの赤毛を揺すりやがる……。
アルノア・シャトーの外周を囲む城塞に兵士がいるのが見えた。作戦通りの獲物だな。 オレは左眼を閉じて、まぶたを指で押し当てる。ゼファーと心をつなぐのさ。上空から仲間たちの戦闘を見守るために。
……シャトーの西には、すでに猟兵たちが移動していた。馬に乗ったナックスもいる。風が砂に作った小さな丘の裏側に隠れながら、作戦開始のための場所へと近づいていたよ。 ガンダラが懐中時計を見つめている姿があった。ガンダラらしいな、攻撃ってのは、そうさ。スケジュール通りに動くことで、最大のダメージを敵に与えることが出来るもんだからな。
秒針までも睨みつけながら、ガンダラはその大きな巨人族の腕を持ち上げていた。砂丘の上に、我が妹分ククル・ストレガが馬と共に姿を現すのさ。目のいい敵からは、発見される可能性がある距離だった。
しかし、夜の闇が彼女を守ってくれている。そして、シャトーの見張りがククルの姿に気がついたとしても、最初は自軍の兵士だと考えるだろうさ……まあ、見張りのヤツは気がついてもいない。少なくとも、疑いを持たないまま、ただ砂漠を見ているだけだ。
ククルは弓に矢をつがえていたよ。
そして、馬上の少女は夜空を目掛けて矢を放つのさ。
夜空を流れ星のような勢いで矢が飛び抜けていき、その矢は大きく弧を描くような軌道の終末に―――見張りの兵士の腕に突き刺さっていた。
見張りの兵士が、悲鳴を上げたよ。
仕留め損なったわけじゃない。こういうデザインの戦術だ。『敵に見つかる』のが、仕事だよ。西に敵の注意と戦力を引き出すための作戦だ。
キュレネイ・ザトーが『炎』の魔術を使い、周囲に設置していた松ヤニと薪を古い布でグルグル巻きにした物体へと着火していく。
そんなゴミみたいなものにだって、戦術次第では有効なアイテムに化けるわけだ。夜の『イルカルラ砂漠』のなかに、いくつもの炎が灯る。まるで、戦士が掲げるたいまつみたいに燃えているのさ。遠くからみれば、それなりの戦力に見えるというわけだ。
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