第四話 『ザシュガン砦の攻防』 その六十八
罠に引っかかった騎兵たちは、馬の疲労も考えずに南への疾走を開始する。かなりの数が減らされているし、北と南に別れてしまったな。仲間想いは北に残ろうとしているし、戦略重視の優等生は南に突撃している。
少ないながらも全騎で行動を合わせた方がマシではあるのだが、北に止まれば見えぬ敵に一方的にやられてしまうからな。オレたちの方からすれば、理想的な戦術の罠を構築したし、ヤツらはその罠に自ずとハマってくれている。
「いたぞ!!」
「単騎か!!」
「女だ!!」
我が妹分、ククル・ストレガがその姿を騎兵たちに拝ませてやっていた。そうだ、これも罠だ。あえて姿を晒して、敵を誘導するための罠さ。ククルは馬を砂漠に走らせる。
さすがは、『メルカ・コルン』。砂漠には慣れていなかったとしても、高山地帯での馬術は超一流だ。『イルカルラ砂漠』の環境に適応している若い騎兵たちの追撃を、近寄らせることはない。
体重が軽いことも、馬にとっては朗報だろう。女兵士の戦場の有利を、ククルは見せつけている。同じような能力の馬であれば、その移動能力を決定づけているのは、騎兵の装備と体重だ。
ククルはその軽い体重を活かすことで、馬の脚にスピードと余裕を与えてもいる。そして、あちらの騎兵どもとは異なり、精神的に落ち着き払っていることも重要なアドバンテージになってもいる。
馬の背では、背筋を伸ばそうが伸ばさなかろうが、どちらだって構わないが。重心を安定させて、馬に運んでもらいやすい生き物でいることが最良の選択ではあるのさ。
新兵ぞろいの騎兵たちは、焦りすぎているせいで基礎が崩れてしまっている。前のめり過ぎるし、砂を踏むことで生まれるアンバランスを警戒するあまりに、脚で馬の肋骨を押さえてしまっているんだよ。
あれでは、馬のスタミナをムダに消耗させる。急かしたところで馬が走ってくれるとは限らんのだ。それほどには、賢い動物ではないからな。
「追いつける!!」
「もう少しだ!!」
「走れ!走れ!走れ!!」
馬は白い息を吐きながら、ゆっくりと余裕を見せつけながら走るククルとその馬を追いかけていく。距離は狭まっていくが、それで問題はない。そうさせるのがククルの思惑だからな。
後もう少しで獲物に手が届きそうになると、ヒトは集中力を追跡にだけ注ぎ込んでしまう。そして、体力もな。
「女を捕まえろ!!」
「あいつを捕まえて、人質にするんだ!!」
……悪くない戦術だが、相手が悪いな。
ククルの馬が砂丘を登り始める。騎兵どももその後を追いかけるが、斜面では体重差の有利不利が露骨に現れてしまう環境だった。疾走してもいないククルの馬に、全力を出しても距離を詰め切ることに失敗している。
弄ぶような走りを見せつけて、ククルは砂丘を降りていくわけだ。
砂丘を回り込むのも知恵ではあったが、指揮官のいない兵隊ってもののお粗末さを彼らは再び露呈している。
若いからな、指揮系統の大切さを本質的には理解することには至ってはいない。同じような年齢の集まりだから、リーダーシップを取るヤツも決まってはいないのかもしれん。あるいは……すでに射殺されてしまったかだ。
不利な勝負を強いられながら、さらに馬の体力を削ったあげくの坂登りは終了する。
「くそ!!おい、矢を射るぞ!!」
「暗いが、皆で撃てば当たらなくても脅しにはなる―――――」
―――そうかもしれないが、ククル・ストレガを舐めてはいけない。この場所にも罠がある。ククルが砂丘を登った直後に、そこらに放り投げていたタイマー式の『こけおどし爆弾』が炸裂していた。
シュバアアアアアアアアアアアアアアアアンンンッッッ!!!
「ぐわあ!?」
「ま、またかあ!!」
光に目を焼かれて、爆音で馬が暴走する。そして、今回は、さっきとはことなる点もある。『こけおどし爆弾』だけではなく、殺傷性の高い、普通の手投げ弾もこの罠には組み込まれていた。
主に馬の脚が、やられてしまった。飛び散った破片が脚に突き刺さった軍馬が、その激しい痛みに悲鳴を上げながら、巨体を跳びはねていた。崩れ落ちる馬と共に兵士が落馬してしまう。
ククルを矢で攻撃するタイミングを逸していたよ。それどころか、安全な距離まで逃げたククルに、矢を放たれる始末だった。また一人の若い帝国兵の体に、『メイガーロフ・ドワーフ』製の矢が深々と突き刺さる。彼らの復讐の念を帯びた鋼が、帝国人の命を壊すのだ。
「くそ!!」
「やられっぱなしで、終わるかよ!!」
騎兵たちはククルに向けて矢を放つが、その射程はククルに及ばない。ククルの体力は、並みの人間族では勝てないからな。『メルカ・コルン』の身体能力の高さは、シアン・ヴァティも認めるほどだ。
そして。
シアン・ヴァティに伝授された、『一瞬の赤熱/ピンポイント・シャープネス』を使うことで、ククルは自分の矢の射程と威力を伸ばしている。器用なククルには、うってつけの補助魔術ではあるな。
……兄貴分の知らない場所で、ククルとシアンの交流があったらしい。シアンの強さも、教え込まれることになっただろうさ。オレでは手加減してしまうからな、自分の及ぶことのない高み……そういう領域を思い知らせてもらうという、得がたい経験を積んだはずだ。
月明かりと星明かりを浴びて、砂漠に浮かぶククルに対して、騎兵たちは眩んだままの目で矢を放つことに夢中になる。
良くない集中力ではある。
ククルが動きを止めたことに、想像力を働かすべきだった。一人前の指揮官がその場にいれば、ククルの停止の意味を嗅ぎつけることが出来るはずだ。地図を睨みながら、戦術を予想する軌道を地図に描き込み続けた経験があれば、分かっただろうがな。
……もう移動する必要がないから、ククルは止まっているのだ。引きつけたんだよ、罠の間合いのなかにな。
「はああああああああああああああああああッッッ!!!」
気合いを入れた叫びで、馬を走らせるナックスがいた。砂漠の砂を蹴り上げながら、猛烈な勢いで砂丘の稜線を登り、東側から騎兵たちへ豪腕に操られた槍を叩き込んでいく。
ナックスめ。さすがはベテランの兵士だけのことはある。その槍さばきは見事なもので、懐に入り込まれ、弓に武器を持ち替えていた騎兵たちは、対応が遅れてしまう。暴れる巨人の槍の威力の前に、またたく間に三人の騎兵が打ち殺された。
残りの一人は、ククルが放った矢により、ナックスへ矢を放つよりも前に、その命を砂漠の冷たい赤砂のなかへ落としていたよ。
……これで、騎兵たちの大半が死んだことになる。残りは骨折した馬か、落馬で重傷を負った者、砂漠でパニックに陥り、身動き取れなくなっている臆病者ぐらいのもんだ。戦力として数えられる者はいなくなったのさ。
こっちの体力は、かなり温存することが出来た。
あとは……アルノア・シャトーの騎士たちを処分するとしよう。ゼファーよ、お前の力も借りることになる。皆、シャトーの南側に集まっているからな。
アルノア騎士団の連中は、ここに立て籠もるつもりらしいが、立て籠もったところで、オレたち『パンジャール猟兵団』の攻撃から逃げおおせることは難しい。そのことを証明してやろう。
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