第四話 『ザシュガン砦の攻防』 その三十六
食事を終えたオレたちは、その美味い料理を提供してくれたヴァシリの一族に感謝の意を捧げたよ。そして……大穴集落の被害者たちのもとから戻って来た長老と再会する。
「……いい宴になったか?」
「ああ、最高の晩飯だったよ。ありがとうな」
「ハハハ!ならば、いい。よかったな、アイーシャ。竜騎士殿に褒めていただいたぞ!料理自慢の孫娘を持って、ワシは誇らしいぞ」
「……え、えへへ」
アイーシャ・ヴァシリは照れている。素朴なドワーフの娘は、愛らしい丸っこい顔を赤くしていた。長老はその孫娘の顔を見るのが、たまらなく嬉しいのだろう。緩んだ顔になっていたな……彼女が死なずに済んで、本当に良かったと、あらためて思うよ。
……オレたちが来なければ、おそらく全員が死んでいた。『ラクタパクシャ』は戦略的な優位を確保していたからな。裏をかくような戦術をドワーフは好まない……まして、故郷が攻撃されている時は、壁になり守ろうとするだろう。
……『ラクタパクシャ』の指揮官は、そういうドワーフ族の哲学を知っていたのさ。その勇敢さを利用して、あんな攻撃をデザインしていたというわけだ。オレが激怒の熱に取り憑かれたって、しょうがないだろう。
戦士に対しての敬意を支払うことのない、邪悪な知恵を目の当たりにしたのだ。戦にも、作法というものがある。守るべき倫理も、ありはするのだ。戦場という混沌の中にだってな……守られることは、稀であることが、とても悲しいのだがね……。
……オレの7才の妹を、焼き殺すようなヤツらが、世の中にはいるのだ。7才の少女が、どんな脅威をもたらすというのか?……わざわざ殺すことはないだろうに。それでも、殺すことに取り憑かれた者は、この世には大勢いるのだ……。
「……さてと。腹はいっぱいか?」
「もちろん」
「ふむ。それでは、行くのか?」
「ああ。『イルカルラ血盟団』を援護してやらねばならない。彼らの被害を少しでも減らして、彼らの戦果を少しでも増やすためにな」
「そうか……すまないな。ワシらも命の恩人の命令に従い、『ザシュガン砦』に攻撃を行いところだが……」
「いや、キュレネイの策を守ってくれたら、それで十分だ」
「……使いは出した。『ラクタパクシャ』の残党を捕らえたことを、『ザシュガン砦』に連絡したぞ。救援物資の要請も行った……屈辱的だが、応えてくれるだろう。ヤツらも、メイウェイ大佐も、『ラクタパクシャ』の正体には興味津々だろうからな……」
「イエス。メイウェイ大佐がウワサ通りの切れ者ならば、薄々、アルノア伯爵が組織した連中ではないかと気づいていると思うでありますからな」
「ですよね……私たちが、ここに来て二日目で手に入れた情報です。査察を送られた時点で、帝国本国との不仲も感じているでしょうし……」
「ウフフ。分かってはいても、表立って非難すれば、致命的な対立を生むと考えているのではないでしょうか?……『アルトーレ』には、『自由同盟』の軍がいるのです。南下に備えるためにも、帝国軍内部でのもめ事は避けたいところでしょう」
猟兵女子たちは美食を楽しんだ直後だって、頭の回転がオレより速そうだったな。三人の言葉は、オレの考えているものと全く同じだ。オレが言葉に編集するよりも早く、言葉にする。それだけ、ガルーナの野蛮人よりも賢いのさ。
まあ、レイチェル・ミルラは知性よりも感性で状況を理解してしまう天才だからな。
賢さなら、オレの方が勝てるかもしれない……。
でも、状況を分析するときの鋭さは、レイチェルみたいな天才が最も優れている時がある。下手すれば、ロロカ先生以上に鋭いこともあるのがレイチェルだ。彼女の勘は、ときどき外れることもあるが、基本的にはよく当たるんだよ。
「……とにかく、砦の戦力を誘導することが出来れば、それでいい。ああ、それと……」
「……こちらの縄張りにやって来たら、保護してやるぞ。『イルカルラ血盟団』は、どこまでも友好な関係にあったというわけではないが……祖国のために戦っているのだ。恩人殿の頼みでもある。文句はない」
ドワーフらしい素直さを持っているな。不服に思っている部分も、少なからずあるのだろうが……どうにかこらえてくれるらしい。そんな感情が十分に分かる。文句を言うほどでもないが、それなりにイヤなことではあるのさ。
そういうのを、嘘くさい満面の笑みで誤魔化さないから、ドワーフ族ってのは信用することが出来るんだよ。
「頼んだぜ」
「おう。任せろ……東のケットシーどもにも、連絡は出しておいたぞ。急ぎの仕事がなければ、駆けつけてくれるだろう……時間は、少しかかるかもしれないが」
「それでも十分だ。戦力は足りないからな……ゲリラ戦術でもいい。何なら、誤情報でもいい……メイウェイの軍に動揺させる要素が多いほどいい」
「イエス。コツコツとした小威力の作戦であっても、有効な手数を放ち続けることで効果は増幅するであります」
「……ふむ。地味な拳闘の試合みたいじゃのう。まあ……有効ってのは分かるが」
「派手なことする戦力がない。分かりやすい総力戦になってしまえば……帝国側が楽に勝つだろう。揺さぶりを与える必要がある―――」
―――理想を言えば、メイウェイ大佐とアルノア伯爵のあいだに、対立を招いた状態に陥らせた後で、戦いたかったが……ヤツらが尻尾を出してくるとは、思えなかったしな。この襲撃の意図は……おそらく、キュレネイの語った通り、地ならしだろう。
……軍が北上するための道にいる、強力な戦闘集団。大穴集団の山賊ドワーフたちを排除するための戦略的な行動……それを加速してやるのも一興じゃある。
オレたちと『イルカルラ血盟団』がメイウェイの戦力を削れば、アルノア伯爵はメイウェイを実力で排除しようと、私兵を動かすつもりになるかもしれんということだ。
アルノア伯爵をこれからの襲撃で確保することが出来たら、拷問でもして事実を確認しようじゃないか。そして、もしも、そんな戦力が実在したとすれば……アルノア伯爵に命令を出させればいい。
疲弊したメイウェイ大佐の軍にぶつけて、その共倒れもはかれるだろう。帝国軍同士の内部分裂が起きれば、あとは……『メイガーロフ人』だけの戦力で、この国を奪還することが出来るかもしれない。
そうすれば、『自由同盟』に貸しを作ることもなく、フェアな同盟を結ぶことだって出来るだろう。クラリス陛下の力に頼った解放では、『メイガーロフ人』の反発を招きかねない。
そして、クラリス陛下のことを侵略者あつかいする帝国軍の印象操作を受ける可能性だってあるのだからな。
『自由同盟』は、侵略者の汚名を着るべきではないのだ。そうなれば、同盟の勢力拡大にカバーすることの出来ない、マイナスの影響を与えてしまうことにだってなるのだから……外交には、イメージも大事ってことさ―――。
「―――ではな、長老。オレたちはゼファーで……竜で、北上をする」
「うむ。がんばって来るといい」
「それで……ゼファーの持ち物をここに置いていってもいいか?拠点が少なくてな」
「もちろん、構わん。矢の補充もしていけ。ワシらの作ったミスリルの鏃がついた強い矢だ」
「助かるぜ」
「なあに……ワシも若ければ、いっしょについていったのにな。ガディンも、もう少し大人になっていたら…………息子が死んでいなければ、ストラウス殿の護衛につけたのだがな」
「今は、大穴集落を立て直すことだ。帝国軍は、遠からず、この場所を襲うかもしれん。メイウェイの意志ではなく、帝国本国の傾向としては、そうだ。亜人種の国を、ユアンダートが受け入れいることはない」
「……ああ。また、戦になるか。今度は、隙を突かれることはない」
「そうだな、アンタたちは、今日の朝よりも二倍は強くなっている。死者の無念を背負った。親しき者の死が、周囲に与える力もあるのだ……悲しいコトではあるが、この悲しみも、鋼に宿らせるとしよう」
「ああ……鋼と語らうのは、我々、ドワーフの得意分野だ。悲しみと屈辱を鋼に宿す。我らが戦斧は、重みと鋭さの深みを増しただろう」
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