第四話 『ザシュガン砦の攻防』 その三十五
ドワーフ・オークの大樹から切り出されたテーブルに座り、オレたちのちょっと早めの夕食がスタートする。豚肉料理の全てがここにありそうな勢いだったよ。
豚肉の焼き串に、ポーク・ステーキ、豚肉とカブのスープ。色々な文化圏からやって来たことが分かる、香辛料の豊かさだ。
『メイガーロフ・ドワーフ』の文化に則って、手当たり次第に食べていくのさ。『ラクタパクシャ』どもと一戦交えたし、長風呂しながらガディン・ヴァシリに『稽古』をつけてやったからな……それなりに腹は空いているんだよ。
「では、いただくであります」
キュレネイ・ザトーの無表情な顔にある大きなルビー色の瞳は、先ほどからマスタードソースがたっぷりとかかったポーク・ステーキに向かっているのを、オレは知っている。
「美味そうだよな、アレ」
「ボリュームがあるでありますからな」
そう言いながら、キュレネイの細い腕が分厚いポーク・ステーキの載った大皿を持ち上げる。手前に置いたよ、キュレネイの隣りに座ったオレはラッキーだったな。
ニヤリとしながら、大きなフォークでポーク・ステーキを自分の取り皿にサルベージするのさ。
ああ……マスタード・ソースだ!甘みの強い豚肉には、粒マスタードのさわやかな辛味が合うもんだよなぁ。
期待は大きい。まあ、キュレネイの語った通り、ドワーフの肉料理に外れナシ、なんだがな。
横目でキュレネイを見た。キュレネイはこっちは見ちゃいないけど、フォークを持つ角度が同じだった。キュレネイは、異常なほどに連携が上手い。オレの動きと、今もシンクロさせている。
何故かだって?
決まっているよ、この美味そうなポーク・ステーキの味を共有するためだ。美味いモンを『家族』と一緒に食うってことも、幸せな行為の一つじゃないか。
オレとキュレネイは、腕の動きを同調させたまま、ぷるんとした光沢のいい脂身が揺れる、ポーク・ステーキにフォークを突き刺すのさ。
ああ、手で分かる。
指に伝われる感触が、豚肉の柔らかさを教えてくれるな。何かしらの下処理が施されている。マリネかもな、分厚いに豚肉を食べやすいように、柔らかさの魔法を豚肉にかけていた。
フォークはやわらかな、そして厚みのある豚肉に刺さる。
「いい焼き加減だ」
「まったくであります……」
……あんまりゆっくりとしていると、キュレネイがお腹減りすぎて怒り出すかもしれない。無表情で怒られると、けっこう迫力があるから避けたい状況なんだよね。
……それに、オレもこのポーク・ステーキに食欲が惹かれっぱなしだった。ガマンすることは体に悪い。そして、『メイガーロフ・ドワーフ』たちの文化では、無礼に当たる行為らしいからな。
オレとキュレネイは、そのまま豪快に、切り分けたポーク・ステーキの大きなカタマリを口に運ぶのさ。
……ああ、歯で豚肉の弾力を楽しめる。甘い旨味がつまった脂があふれ出し、粒マスタードの入ったピリ辛ソースと絡み合い、舌を楽しませてくれるのさ。
辛さの引き立つ甘い豚肉の美味しさは、本当に最高の味の一つだと思う。食感もいい。火はしっかりと通っているのに硬すぎないのだからな。下処理に、フルーツを使って肉を軟らかくしているのかもしれないな。
「……やわらかいですね!」
ククルもその肉に感動を覚えている。食文化を学ぶということも、我が妹分の知的好奇心を満たしてくれるのだろうな、もちろん胃袋もだが。
「ポーク・ステーキ……蜂蜜を塗り込んでいるのでしょうか?」
「『メルカ』では蜂蜜を多用するんですか?」
料理のハナシってのは、女子ウケもいい。アイーシャ・ヴァシリも料理好きらしいな。
「はい。『メルカ』は蜂蜜とか、甘いのが好きなんです。長老は桃が好きなんですよ」
「桃。いいですよね。お料理のソースに使っても、美味しいですよね!」
「そうなんです。うちの長老は、多用してますね。温室には桃の木だらけだったりするんですよ」
『ルクちゃん』らしいな。自分に素直な人に見えるぜ、彼女はな……。
「あ。それも食べてみて下さい。キノコと肉のソテー。美味しいんですよ」
「はい。いただきます、アイーシャさん!私……キノコ好きなんですよね」
「はいー、私もです!……食感が好きです。もぎゅもぎゅって食感が美味しいんですよね!」
……オレもキノコは嫌いじゃない。焼いたキノコは食感がいいしな。オレも豚肉とキノコのソテーを食べてみる。ドライトマトも使っているな。甘みの強い品種のようだ、オイルと豚肉との相性がいい。
「団長。パスタも絶品であります」
お料理偵察兵のキュレネイ・ザトーが教えてくれた。キュレネイの取り皿には、すでに山盛りのキノコとベーコンのパスタが乗っている。
「あら。ほんと、これ、とても美味しいですわ。オイルに融けたニンニクの風味が、この白ワインとも合いますわ」
すでにワインの瓶を開けているレイチェル・ミルラがそう語る。そうだ、ニンニクを風味付けに用いられることが多いオイル・ソース系のパスタには、フルーティな白ワインがいい。
「ふー。いい味ですわ。でも……このワイン、『ガッシャーラブル』のワインではありませんのね?」
「はい。あちこちから取り寄せているのもあります。『ガッシャーラブル』の白ワインもありますけど……」
「いいえ、これで十分ですわ。メロンのアロマが、お気に入りですわ」
……ラベルを見てみると、『アヴィーニャン』……と書いてある。
「たしか、『内海』の都市の名前だな……?」
「ええ。『内海』からの食材ですね。私たちも、通行料だけでなく、貿易もしてはいるんです。このワインも、そういった品物です……『ガッシャーラブル・ワイン』以外も欲しがる方って、けっこういるんですよね」
「だろうな。誰にでもマイ・ベストの酒がある。人の舌ってのは、千差万別なものだからな……」
「なるほど。お酒が飲めるような年になったら、私もマイ・ベストのお酒を探すであります。そのときは、団長に相談役になってもらうであります」
「任せろ。だが……レイチェルも頼りになりそうだな。南の方の酒なら、レイチェルの方が詳しいはずだ」
「ええ、そのときは、私も指導しますわ」
「『指導』……レイチェル、プロっぽいであります」
レイチェル・ミルラもかなりの酒好きじゃあるからな。呑むペースはオレよりは、ゆっくりだが……ずっと呑んでいられるタイプだ。
「リング・マスター、『アヴィーニャン』をお楽しみになられますか?」
「君のオススメなら間違いがないだろう、いただくとする」
辛口の白ワイン……ゴージャスなメロンのアロマ……たしかに、オイル・ソース系のパスタにはよく合う。オレは……パスタと合うその白ワインを舌で転がしながら、メロンの気配を探したよ。
……『メイガーロフ・ドワーフ』のディナー。なんとも、いいオモテナシだった。キュレネイと並んで、ニヤニヤしながら豚の丸焼きを食べられもしたしな……腹いっぱい食べられたそ、酒も酔っ払わない程度に楽しめた。
……もうすぐ、夜が始まる。
新たな作戦がスタートする時間が訪れようとしている……アルノア査察団。そいつらを襲撃することになる。楽しみだよ、帝国人の貴族を斬れるかもしれないと考えると、ノドを通るワインが、より美味くなる。
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