真咲について
鳥居真咲。
加古屋女子高等学校二年生。弓道部部長。
わたしの双子の姉だ。
少し、真咲について語ろうと思う。
外見について。
真咲とわたしはパッと見た感じではあまり似ていない。双子とはいっても二卵性で、遺伝子的には普通の姉妹と何ら変わりはない。
真咲は人目を惹く容姿をしている。長い黒髪に切れ長の目。美人なお母さんに似て、まあ一般的に言う美少女ってやつだ。ちなみにわたしはお父さん似。眠そうな目元がそっくりだとよく言われる。
身長はあっちの方がわずかに高い。一六五センチ位だと思う。これについて真咲はわたしより高くて良かったと言っていた。妹より低い姉はかっこ悪いから、らしい。
小さな頃から、真咲は何でも出来た。
わたしより立つのも歩くのも話すのも早かったし、勉強も運動も何でも一番だった。
さらに真咲は、驕ったりとかはしない。どれだけの結果を残しても鼻に掛けたりしないで、常に努力をし続ける。
これだけ完璧人間な上に人当たりも良くて、色んな人に好かれているときている。もはやチートだ。呆れるを通り越して、何かもう笑いさえこみ上げてくるスペックだ。
鳥居真咲は、だいたいこんな人間である。
×××
「芙雪、今日の放課後は何か予定ある?」
朝。食卓についてトーストにイチゴジャムを塗っていると、真咲が尋ねてきた。
「放課後? そーだなあ……」
今日はお母さんが早く帰ってくるので、ご飯の準備はしなくていい。例のゲームはようやくトゥルーエンドまでたどり着いたので、放課後は全てのエンディングや分岐図をコンプする作業に入ろうかとも考えていたが、これは予定のうちに入らないだろう。
「んー、何にもないね」
「本当?」
真咲の声が弾んだ。
「私、今日は部活が無いの。だから今日の放課後、一緒に上町まで行ってみない?」
「えー……」
上町とは近くの駅から電車で十五分ほどの、ここらでは一番賑わっている場所だ。大きなアーケード街があり、ショッピングから飲食、娯楽施設などが揃っていて、わたしも時々は足を運んでいる。
それはさておき、真咲から誘いを受けたわたしはというと、何というか面倒くさいなと思っていた。わたしはどちらかといえば出不精だ。あまり出歩きたくない。買い物なんかも、誰かと行くよりは一人の方が好きだし。
「行くんなら、泉とか京子を誘えば?」
「二人とも部活があるわよ」
「だったら弓道部の人。みんな練習ないんでしょ?」
名前は忘れたけど、あの何とかいう後輩。彼女を誘えば、尻尾を振りながら着いて行きそうな気がする。
それに、別に弓道部じゃなくってもいい。真咲は知り合いが多いし、何て言ったって人気者だ。真咲が一声掛けたら、誘いに乗る人はいくらでもいるに違いない。どうしてわざわざわたしなんかを誘うのか。
「私は──」
真咲の目がわたしの目を見る。
「芙雪と行きたいの。──ダメ?」
いつもはちょっとだけ高い位置にある真咲の目──あんまり似ていないわたし達だけど、瞳の色だけはそっくりで、共に色素が薄い茶色だ──それが上目遣いでわたしを見ていた。
まったく真咲というのはズルい人間だ。この目で頼んだらわたしが断れなくなるのを知っていて、こうやって使ってくる。この魔性の女め、と胸中で毒づきながら、わたしはため息を吐いた。
「……しょーがないなあ。そこまで言うならいいよ、付き合ってあげるよ」
「! ありがとうね、芙雪!」
途端に笑顔になる真咲。ウキウキと食べるのを再開する姉を横目で見ながら、まだまだわたしも修行が足りないな、と思った。
「遊ぶのもいいけど、勉強は大丈夫なの?」
お母さんだ。キッチンと繋がっている隣のリビングのテーブルで化粧をしながら、顔はこちらに向けずに声だけが届いた。
「大丈夫よ、お母さん。予習復習はいつも完璧にやっているわ」
「あんたじゃなくて芙雪に言ったの。中間テストも、その内始まるんでしょ?」
「大丈夫。私が一緒に勉強するから」
「まあ、真咲が一緒にするのならいいけど……」
どうにか認めてくれたようだ。もともと真咲はお母さんからの信頼も高いしね。
それからお母さんは、夕ご飯をきちんと食べる事、無駄遣いしない事、帰ったらきちんと勉強する事を条件に、一人につき五千円ずつくれた。何だかんだいってお母さんはわたし達に甘いのだ。
「放課後が楽しみね」
「真咲はね」
口ではこう言ったものの、わたしも放課後が楽しみだった。
×××
五限の体育は、晴れなので外でソフトボールである。
「じゃあ最初は、二人組を作ってキャッチボールをして」
体育教師が声を張り上げた。それを合図に、みんなは二人組を作りに動き出す。
「芙雪、一緒に組まない?」
わたしの元に、さっそく真咲がやって来た。こういう二人組とか班を決める場面では、だいたい真咲はわたしと組みたがる。わたしとしても自分から誰かに声を掛けるのはあまり得意ではないので、真咲の申し出はありがたかったりする。いくらわたしでも、余るのは嫌だ。
「いいよ」
「じゃあ、あっちでやるわよ」
泉と京子も二人組になったようだ。四人でぞろぞろとグラウンドの広い場所へと移動した。
「準備いーい?」
「いいよー」
わたしはグラブを構えた。真咲が投球体勢に入る。振りかぶって、綺麗なフォームでボールを投げた。白球はわたしが構えているところまで、一直線にまるで吸い込まれるかのように軌道を描いて、そして──
「あたッ」
「ちょっと芙雪、大丈夫!?」
捕球失敗。
ボールはグラブの中で跳ねて、わたしの額を打った。駆け寄ろうとする真咲を大丈夫大丈夫と手で制し、後ろに転がっていったボールを拾いに走る。鈍い痛みはあるが、この分だとすぐに引くだろう。わたしは昔から、体だけは丈夫なのだ。
ボールは思ったよりも遠くまで転がっていた。グラブを着けた左手で拾い、元の場所へ戻る。
「さっすが芙雪」
隣の京子がニヤニヤと笑いながら声を掛けてきた。
「何?」
わたしは真面目に取り合わず、手の中のボールを真咲に向かって思い切り投げた。残念ながらボールは真咲まで届かず、手前で落下する。バウンドしたそれを、真咲は難なくキャッチした。
「さっきのは構える位置がちょっと低かっんだよ。グラブはしっかり開いて構えてみ? そうそう、そんな感じ。ボールは人差し指の付け根で取るって意識する。基本が出来ていれば、自然に捕れると思うよ」
「ふーん」
とりあえず、京子の言う通りに構えてみる。
「投げるよー」
「いいよー」
再び、真咲が投球体勢に入る。綺麗なフォームでボールは投げられ、真っ直ぐにこっちへと飛んでくる。わたしは京子のアドバイス通りグラブをしっかりと構え、そして──
パァン!
ボールは乾いた音を立てて、わたしのグラブの中に収まった。
「おお、捕れたよ」
「そうそう、今の感じ。今の感じでいいんだよ」
「ふーん。とりあえずありがと」
わたしはグラブの中の土が付いた白球を、右手でギュッと握り締めた。
その後は攻守の練習をして、試合をする事になった。クラスを四チームに分け、二カ所同時のスタートだ。わたしのチームには真咲が、敵のチームには泉と京子がいる。わたしとしては試合には出たくないのだけれども、残念ながらチーム員は九人ぴったりなので、出ざるを得ない。わたしは九番ライトというポジションをもらった。
さて、試合はというと。とりあえず守備の時は、ほぼ何もしなくてよかった。右打者が多いので、打球が右側に飛んでくる事はあまりない。内野越えするようなヒットなんて滅多にないし、ピッチャーをやっている真咲が大抵の打球を捌くので、外野の出番なんて無いに等しかった。女子高生の授業でやるソフトボールなんて、そんなものだ。
しかし、打撃の方はそうもいかない。四回の裏、0-0で二死一・三塁、この先取点のチャンスに、あろう事かわたしに打席が回ってきた。
「頑張って、芙雪!」
後ろから真咲の声援が聞こえた。真咲の打順は一番だ。
敵チームのピッチャーが投球体勢に入る。とりあえず初球は様子見をする事にして、ボールになってくれないかなと思った。けれど。
──パァン!
「ストライク!」
いやいや、こんなの無理無理。打てるわけない。
球は思っていたよりずっと速い。次の打者が真咲であるため、フォアボールで満塁にするわけにもいかないのだろう。狙いも正確だった。
「ストライク!」
追い込まれた。次はとりあえずバットを振ろう、とわたしはグリップをギュッと握った。
ピッチャーが投げる。わたしはバットを振る。バットに球が当たった、手応え──。
ボテボテのゴロだった。わたしは一塁に向かって走ったが、当然の事ながらアウト。点は入らずにチェンジとなった。
ちなみに試合は2-3で負けた。
×××
「じゃーねー」
「ばいばい」
午後三時半。HRが終わった教室は、ざわめきに満ちていた。談笑する者、いそいそと教室を出る者、帰りの準備をする者。
「ふーゆきっ、準備は出来てる?」
「まだ。ちょっと待ってて」
時間割を確認しながら明日の授業では使わない教科書類をリュックに仕舞っていると、早速真咲がやって来た。真咲にしては珍しく、その声はウキウキと弾んでいる。
「そういえば真咲、今日は部活が無いって言ってたわね。芙雪と帰るの?」
「部活が無い? それは羨ましい。真咲、代わってくれよ」
いつの間にか、泉と京子までやって来ていた。わたしは最後に筆箱をリュックに入れて、ファスナーを閉じた。真咲に目配せする。
「あ、終わったみたいね。──実はね、今日は芙雪と上町まで行の。いいでしょ?」
「えっ、上町? 二人で? いいなぁ。今度ヒマがあったら、私も誘ってよね」
「姉妹でイチャイチャしやがって。二人ともコノヤロー、楽しんで来いよ!」
「ふふっ、ありがとう。それじゃあまた明日ね。芙雪、行きましょう」
「ちょっと待って。──うーんと、じゃあ」
「また明日」
「行ってらっしゃーい」
二人に手を振り、わたしは教室を出た。並んで歩く真咲の横顔は、何だかとても楽しそうだった。
×××
電車に揺られる事約十五分、わたし達は上町に来ていた。
平日とはいえ、人通りは多い。わたし達みたいに制服姿の学校帰りらしき人や若いカップル、小さな子供を連れたお母さん達、早足で歩く勤め人等、色々な人がいた。
「私は色々と見て回ろうと思ってるのだけど、芙雪はどこか行きたい場所ある?」
「うーん……。本屋。あとゲーセン」
「ふふっ、分かったわ。私の方からでいいかしら」
「いいよ」
そんなわけで、真咲に連れられてウロウロし始めた。
「最初は、雑貨屋に行こうと思っているの。ここからだと近いしね。いいかしら?」
真咲に言われて、ああ、あそこの店ね、と思い至る。こう見えて真咲は、可愛い雑貨やらよく分からない謎アイテムが好きだ。見ているだけでも楽しいらしい。
わたしが思い浮かべた店はそんなグッズがたくさんあって、真咲のお気に入りだ。確かに近いし、最初の目的地として否定する理由はない。
「いいよ。でも、時間は掛けすぎないように」
「分かっているわ。じゃあ行きましょう」
行き先が決まった。わたしと真咲は、近くの雑貨屋に向かって歩き出す。
それはいいのだが。
「……」
「どうしたの、芙雪?」
「……ちょっと。歩きにくいんだけど、これ」
歩き出した途端、わたしの右腕は真咲の左腕に拉致られた。正確にいうと、中高生の仲の良い女の子同士がやるみたいに腕を組まされた。……わたしも真咲も女子高生ではあるか。
しかし女の子同士の腕組みというのは、見ている分には微笑ましくて大変よろしいのだけれど、実際やるとなると話は別だ。近いし、組んでいる方の腕は動かし辛いし、歩きにくいし、それに何か気恥ずかしい。
だからわたしは抗議の目で思いっ切り真咲を見たのだが、真咲は全然気にしていないし、腕を放す気もなさそうだった。
「いいじゃない。姉妹なんだし、減るもんじゃないわよ。それに何か楽しいし。ねっ?」
こんな感じでウキウキしている時の真咲はやけに強引で、こうなったら意見を覆すのは難しい。わたしが折れるしかないのだ。
「もーしょうがないな。その代わり、何か奢ってよね」
「はいはい」
わたしとしては不本意であるが、腕を組んだままわたし達は雑貨屋に向かった。
それから雑貨屋で小物を見たり、本屋で漫画を買ったり、ゲーセンで散財したり、デパートを歩き回ったり、喫茶店で一休みしているうちに時間は過ぎていった。さて、そろそろ帰る時間かな、という時。
「ねえ芙雪、最後にあそこに寄ってもいいかしら」
と、真咲が指を指す。その先には、洒落たブティックと呼ぶような店があった。
「何か買いたいの? あまり時間はないよ」
「すぐに出れば大丈夫よ」
「お母さんに怒られるのは嫌だからね」
釘だけは刺して、わたしは真咲に引かれて店内に入った。
店内は何と言うか、キラキラしていた。いかにも女の子って感じだ。普段、制服以外のスカートは絶対穿かない主義で、動きやすい服を好むわたしには敷居が高いような店だった。
「芙雪って、服装にはあまり気を使わないタイプよね」
「まーね」
服に金をかける位なら、趣味に使う。それがわたしのモットーだ。
あまり馴染みのない服が並ぶ通路を真咲について歩いた。飾られている服はどれもキラキラしていて女の子っぽくて、わたしはともかく真咲なら似合いそうな感じだ。
物珍しさにきょろきょろしていると、真咲に呼ばれた。その両手にはいつの間に選んだのやら、ハンガーが握られていた。
「ねえ、どちらが似合うかしら」
そう言いながら、わたしがよく見えるように差し出してきたので、わたしは真咲に握られている服を観察してみた。
右手にはベージュに花柄のワンピース。左手には薄い緑色のチュニック。正直、真咲ならどっちでも似合うんじゃないかと思ったので、素直に答えた。
「う~ん、真咲ならどっちでもいいんじゃない? 真咲が好きな方にすれば?」
「あら、何言ってんの。これはあなたが着るのよ、芙雪。今日付き合ってくれたし、お姉ちゃんからのお礼ね」
「へ?」
やっぱりこっちの方が可愛いかしら、などと言いながら楽しそうに品定めする真咲。わたしはそんな真咲を前にたっぷり五秒は思考停止した後、ようやく頭が回り出した。
「ちょ、ちょっと待った真咲! それ、わたしに?」
「? そう言ったじゃない」
「な、何でまた?」
「だから、付き合ってくれたお礼よ、お礼」
「でもわたし、スカートとか穿かないよ!?」
「どうして?」
「や……だってその、何か恥ずかしいし。わたしには似合わないよ」
しどろもどろと言い訳をするわたしに、真咲は楽しそうに詰め寄る。
「大丈夫。芙雪だってお洒落したら絶対可愛いから。ね? だから着てみて」
「……はい」
結局わたしは押し切られ、試着室に入れられた。両方とも試着させられた結果、わたしはチュニックの方を選んだ。これなら下にズボンを穿けそうだからだ。
「私としてはワンピースでも良かったと思うけど、似合っていると思うわよ」
「そうかな。……まあ、ありがとう」
「どういたしまして」
×××
「あー、今日は久しぶりに歩いたな」
夕ご飯もお風呂も済ませ、後は寝るばかり。わたしは自室で、ベッドに寝転がっていた。
手には今日行った書店の紙袋。購入した百合漫画だ。わたしは早速、それを開こうとしていた。
コンコン。
「芙雪、いる?」
聞こえたノックの音と、真咲の声。
わたしは慌てて枕の下に漫画を入れた。
「い、いるよ。何?」
ドアの方を向くと、Tシャツ姿の真咲が顔を出した。
「芙雪、勉強道具を持ってわたしの部屋に来てね」
「えー、何で? わたし、寝ようと思ってたんだけど」
「課題とか明日の予習とか、まだ終わっていないでしょ? 一緒にやろうよ。お母さんとも朝、約束したしね」
「えー」
「ほら、早く」
真咲にせっつかれて、わたしは渋々ベッドから立ち上がった。ノート類をまとめて、隣の真咲の部屋まで行く。(教科書は学校に置いているので、真咲のを見せてもらった)
勉強は夜遅くまでかかってしまったので、この日は漫画を読まずに寝てしまった。
今日は一日中、真咲に振り回された日だったな、と思った。




