3 忠告
このゲームは、自分でギルドに報告しないとNPCから報酬を受け取る事が出来ない。
レベルやスキルアップなどの個人的能力は自動で振り分けられるものの、アイテムの分配はその場で行えないようになっている。
そのため、プレイヤーのほとんどはギルドのある酒場を一度は経由して、自分たちのマイルームに行く事になる。
街も広いが、酒場はもっと広い。
建物の大きさと内部の広さが釣り合っていない。
この世界がゲームであることを分かりやすく示している。
「報酬を受け取ったよ、シェリーさん。――このあと、どうしようか。もう一クエ、一緒に行かない?」
俺としてはシェリーさんともう少し話がしたい。
クローンであっても、シェリーさんはシェリーさんだ。
この人から生まれる声や仕草は俺に何かを燻ぶらせていた。
「ごめんなさい。ちょっと、やりたいことがあって。今日はここまでなんだ。ごめんね」
手をあわせてシェリーさんに頭を下げられた。
「いや、仕方ないっすよ。シェリーさんにだって都合ありますもんね」
ちょっとモヤモヤしたが仕方ない。
クローンはこの世界に縛られている。
言わば、ログアウト不能プレイヤー。
ユーザーがログアウトできなくなるゲームは都市伝説だが、クローンプレイヤーにとっては、現実の出来事として存在している。
ログインプレイヤーである俺にはわからない実生活がそこにあるのだ。
「おう、どうした少年。振られたのか~。なんだったら、お兄さんが慰めてあげようかぁ?」
背後から肩に腕を回され、大男が覆いかぶさってきた。
酒場にうろつく古参のプレイヤー。
こいつもクローンだ。
「ウホォ、いい男――って、んな訳ないでしょ。離してください」
振り払おうとするが、レベルの差がありビクともしない。
男は逆に力を強めてくる。
腕が首に周り、VRでありながらも嫌な圧迫感がある。
「ギブギブ・・・」
腕を叩くが緩めてくれない・・・。
「あんたたちってほんと仲いいわね」
また別のクローンプレイヤーが、近づいてくる。
遠巻きに見守るだけで、助けてくれない。
お願いだから誰か助けて・・・。
「マルクさん。やめてあげてください」
シェリーさんだけが、俺に優しい言葉を掛けてくれる。
男は俺の髪をグシャグシャにしてから、去っていった。
俺を取り囲むほとんどのプレイヤーはシェリーさんの紹介で知り合った。
シェリーさんのおかげで俺はプレイをしてこれたと言っていい。
俺は惜しみながら別れを告げて、シェリーさんは他のクローンプレイヤーと酒場を出ていった。
ログアウトするには、一人になって自身の部屋に戻らないといけないというシステム上の縛りがある。
俺は酒場の上にあるマイルームへ行くことにした。
他のプレイヤーと遊ぶのもいいが、やはり今はシェリーさんと一緒にいる時間を少しでも長引かせたかった。
シェリーさんはクローンプレイヤーであるため、レベルアップがない。
各クエストにはレベル制限があり、俺がレベルを上げすぎてしまうとシェリーさんと一緒にできるクエストが減ってしまうのだ。
高レベルのクローンは自分より低いレベルのクエストに参加できる。
だが、クローンはひとりでクエストを行うことができない。
常に誰かしらのログインプレイヤーと一緒でなくてはクエストを開始することはできないのだ。
クローンはメインであるログインプレイヤー補佐であるため、強力な武器や防具の生成、アイテム集めなどを主体としたプレイが求められている。
クローンは常に補助役であり、ログインプレイヤーがいるからこそ、自身を成長させる事ができるのだ。
しかし、ログインプレイヤーはクエスト攻略毎に一定の経験値が割り振られてしまうため、プレイし続ければ自動的にレベルアップしてしまう。
レベルの低いうちでなくてはクエストを一緒にやることができない。
だが、言い換えれば、レベルが低ければいくらでも一緒にクエストをすることができる。
シェリーさんが嫌でなければ、いくらでも同じクエストをやることができるのだ。
俺が部屋の階に到着すると別のログインプレイヤーが扉に寄りかかって立っていた。
それも俺の部屋の扉にだ。
「どなたですか?」
知らないプレイヤーだ。
目深にフードをかぶり、顔が確認できない。
「ドグマくんだよね、君は」
近づいてきて、そいつは俺の顔を覗き込むように迫ってきた。
なんだ・・・こいつ。
明らかにおかしかった。
キャラエディで獣人を思わせる容姿を設定することはできる。
鼻の高さや耳の長さ、体毛の濃度を調整することで、蛮族のような格好は作れる。
だが、こいつの顔は度を越している。
明らかに獣だ。
ログイン時に出てきた黒猫のドミニオンによく似た顔をしている。
「すこし忠告しようと思って」
「忠告・・・?」
「シェリーっていう彼女。彼女にはあまり深入りしないほうがいい」
「なんだよ、それ・・・」
「君は、まだ子供だ。感受性が強すぎる。あまり、こだわってはダメだよ。君が囚われ人になるのを見たくない。ゲームを、愉しむだけにしてほしい」
そういうと、黒猫は去っていった。
チェシャ猫のように顔だけの印象を刻み込んで。




