2 出会
「必殺! ダブルファング! オラァァァ――ぐふぉぉ!」
俺の技は綺麗に避けられ、ゴブリンの棍棒が見事に俺の腹を打ち付ける。
「だから、技の名前なんて叫ばなくてもいいんだよー。名前だって間違っているし・・・」
倒れている俺の頭上からシェリーさんの声がする。
俺に追撃しようと近づいてきたゴブリンをシェリーさんは通常攻撃の魔波で吹っ飛ばす。
当然、ゴブリンは一撃で消滅した。
小麦色の肌に金色の長い髪。シルク色の神官服を着た僧侶タイプのシェリーさんは攻撃に乏しい。
それでもレベル5・初期ジョブの俺に来れべれば相当強い。
初期フィールドで負ける相手などいるはずがなかった。
「でも、それじゃあ中二心は満たされないっすよ。叫んだ必殺技を決めてこそ、意味がある。わからないっすか」
「中二心ねぇ・・・。でも、なんで技の名前を間違えるの? ワザと、たまたま?」
「ワザとです!」
俺がビシッと決めると、哀れみの目と声にならないため息をプレゼントしてくれた。
俺とシェリーさんは、ゲーム開始直後に出会えた。
ログインし呆然とした状態で街に突っ立ている俺を見かねて、シェリーさんが声をかけてくれた。
ゲーム開始となるチュートリアルクエストを勢いで飛ばしてしまった俺は、貰えるはずだった初期の回復アイテムから報酬であるアクセサリ品に至るまで、何もない状態で最初の町に降り立っていた。
俺と同じようなまだ始めたばかりであろう人がマントを着用しているのに、俺だけは素っ裸に近い状態を晒していた。
目立ったのだろう。
道行く人がジロジロと俺を見て通り過ぎていった。
街の一角でクエストへの参加を呼びかけていたシェリーさんは、わざわざ打ち切って俺に声をかけてくれた。
「どうしてチュートリアルを飛ばしたの?」という問いかけに対し俺は、「プロゲーマーは、説明書を読まないんです」と答えてやった。
あの時も、同じような素敵な視線をプレゼントしてくれた。
「正直、私にはわからないの・・・」
「何がっすか?」
「中二心っていうのがさ・・・。あなたって現役の中学生なんでしょ? むしろそういう言葉に敏感で、そんなものには属さないぞ、って思うもんだと思ってた」
「友達の中にはそういう奴はいるっすけどね。中二って呼ばれる行動をしないようクールに振舞っている奴。でも、それって逆に意識し過ぎて中二病になってる感じがしないでもないっすよ。大人のように見せてるのがむしろ鼻につくっていうか・・・」
「そういうもんなの?」
「そういうもんっす。むしろ俺は現役だからこそ、そういう行動を取るべきなんじゃないかと思うんよ。世間が中二病、中二病って言ってくれるお陰で、幅広く俺たちの行動を認めてくれるようになった。中二病だから仕方ない。中二病だからあいつは変人なんだって感じで、受け止めてもらえる。だから、俺っちは、中二病全開で楽しんでやろうと――そう思うんすよ。そんで、それに打って付けなのがVRMMOだと思うすよね。VRMMOだと成りたい自分になれるし、現実ではあり得ない事ができる。最高に中二心を震えさせてくれる、それが今のVRMMOの魅力だと思うんす!」
俺の答えに、シェリーさんは否定はしなかった。
でも、難しい顔をして同意もしてはくれなかった。
シェリーさんは高校生らしい。
俺より2つ年上で、どこかの女子高に通っているとか。
暇つぶしでやっているだけで、特にキャラエディトにもこだわらなかったそうで、肌や髪の色以外はほとんど本人と変わらない容姿でプレイしているらしかった。
「クマくんは、すごいね。今に満足して生きてる感じがして、ホントすごいわ」
俺のキャラ名はドグマだ。
でも、ドグマだと呼びにくいからとシェリーさんは後ろの響きだけをとってクマと呼ぶようになった。
はじめはドグって名前も候補に上がっていたようだが、犬は嫌だといったら、了解してくれた。
「今日のシェリーさんは、ずいぶん変な感じっすね」
「そうかな? いつも通りよ。――あたしはクローンなんだから、そんな簡単に人格が変わるわけないでしょ」
軽い感じでシェリーさんは笑ってみせる。
そうなんだよな。この人はクローンプレイヤーなんだ。
このゲームの売りのひとつ。
それがクローンプレイヤーとの交流だ。
普通のVRMMOはソーシャルゲームであるため、プレイヤーがログインしている状態でゲームが成立する。
ログインしている見知らぬ人同士が仲間を募り、ひとりではできない難解なクエストに力を合わせて挑戦していくというのが通常の流れだ。
だけど、同じクエを希望している人が集まらないとクエストを開始できなかったり、定員に満たないメンバーで無理に開始したとしても攻略できずに徒労に終わってしまうなんてことも少なくはない。
でも〈D-world〉では、そんなことはほとんど起こらない。
ゲームの開始時、プレイヤーは自身の人格までをコピーしたクローンプレイヤーを作成する。
クローンプレイヤーは自分の分身となり、自分自身がゲームをプレイしていなくてもクエストやアイテム集めをしてくれる。
プレイヤーは、自分の好きなときにゲームを開始し、自分のクローンプレイヤーから重要アイテムを受け取ることができ、ゲームを有利に進めることができる。
また、プレイヤーはクエストに参加する際、他人のクローンプレイヤーを雇って難しいクエストに挑戦することもできる。
クローンプレイヤーは実際のプレイヤーと変わらない行動・言動・思考を兼ね備えており、オンラインプレイヤーとなんら変わらない働きをしてくれる。
システム上、オンラインプレイヤー2人に対しクローンプレイヤー1~2人のパーティーか、オンラインプレイヤー1人に対しクローンプレイヤー1~3人というパーティーしか組めないようにできている。
ゲーム中はどれがクローンプレイヤーかなど気づかないほど自然にプレイできるというのが売りだ。
自分自身のクローンプレイヤーを雇ってプレイすることはできないが、フレンド登録すればどんな時でも友人・知人と遊んでいる感覚でプレイ可能なのだ。
専用のヘッドセットが割高であっても、このゲームが人気があるのはそういった時間に縛られないプレイが可能であるということがひとつの要因になっている。
「クエストもクリアしたし、そろそろ戻ろうか」
「そうっすね」
クエストの攻略条件であるゴブリンに奪われた秘宝も取り返し (ゴブリンの殆どを倒したのはシェリーさんだが)、俺たちは街に戻るため転送装置へと歩き出した。
ふと、近く丘で先端の崖に腰掛けている人が目に入った。
崖の高さはかなり高い。もし落ちれば死亡してもおかしくない高さだ。
「あの人・・・まだ、居るんすね・・・」
「囚われ人だからね・・・」
俺がこのゲームを開始し、初めてこのフィールドに降りた時からあの男はあの崖近くを彷徨いている。
シェリーさんから関わらないほうがいいと忠告されていたが、一度だけ話しかけたことがある。
目に生気がなく、不気味だった。
彼女の思い出を探しているとか何とか言っていた。
正直、話しについていけなかったで、すぐにその場から逃げた。
そのことをシェリーさんに報告すると、彼もクローンプレイヤーらしく、彼はこのフィールドから出ることを拒んでいることを教えられた。
出ることはできるのに決して出ようとしない。
このフィールドに囚われている、だから彼は囚われ人と呼ばれていた。
そのくせして、ロストするかもしれない崖近くを彷徨いている。ロストしてしまえば、強制的に追い出されるのに――理解し難い行動だった。




