お帰り!
29、お帰り!
「美也、ほらいらっしゃったから机の上片付けて」
私の意識が回復して以来おせっかいママのようにあれこれと世話を焼くタカシがてきぱきと辺りを片づけた。
私は正直こんな風に入院してたりベッドにいる姿を他人に見せたくはないし、いつも通りではない私を見て感じてがっかりして帰っていく見舞客にうんざりしていた。
私は、変わったらしい。
自分でも何がどうとはわからないが。
ぼんやりと薄切り肉を咀嚼している間に、散らばった書類やマックブックの載った書物机が整頓されて部屋の隅に追いやられる。換気のために開けられた窓からはカーテンをそよがせて心地よい風が入りこみ、ベッドテーブルの上の食べかけのお皿も、まだ食べてないゼリーもさっさと運ばれて、くしゃくしゃの掛け布団と私がベットの上にぽつんと座るのみだった。
服はちゃんと着てるけど、なんとなく心許なくて布団にくるまった。足元のほうはタカシがきちんとしてどうにか納得がいったのかしぶしぶうなずくと、私のくしゃくしゃの髪を直しながら、どうぞと言った。
「美也!心配したのよ!」
そう言って入って来たのは……
「真也さんわざわざ日本からありがとうございます」
あ、と発したのち絶句する私の横で深々と頭を下げるタカシを完全に無視して、私を力いっぱい抱きしめる。
「美也、元気そう!(後で説明したげるから)」
そう耳打ちした。
「タカシもご苦労さんね、出来の悪い妹で」
「いえ、そんな……」
「この子のことだからそろそろなんかやらかすと思ったんだけど、意味なく昏睡とはね。ウケル!」
「は、はは……」
腹を抱えて笑う真也につられて笑いだすタカシ。昏睡の何がおかしいってのさ。
怒りがこみあげて叫んだ。
「世界中の昏睡している方々に謝れ!」
「あら謝るのは、あなたのほうよ。大体昔っからそそっかしくて……」
ああだった、こうだったと子供の頃の話をしては私がいかに慌てるのかを微に入り細にいり説明くださる。昔っからこうなったら止まらない。
「真也、もういいから。タカシも呆れてる」
「ああら、ごめんなさい。そう言えば今日はこの階の皆さんに差し入れ持ってきたのよ。鶴屋のおまんじゅう。タカシさん、早速配ってきて」
「すぐに?」
「そう、今、すぐに、はいはい」
ちょっと、私の婚約者を犬のように使わないでよ。
タカシが出ていくとすぐに真也がひそひそと話しだした。
「美也お帰り、ようやく会えたわ。北極星の秘密は分かった?」
「なんの話?」
「ポラリスとヴェガの違いよ」
「あ……ああ、あれ何でだろう?今すっかり忘れてた」
「やっぱり、影響されてきてるわ」
「影響って?」
「もうすぐあの場所での記憶はなくなってしまう。こちらとあちらは相いれない世界だから。太一のことは覚えてる?」
「たい……」
首をかしげる私をじれったそうに真也がにらむ。そんな顔されたって知らないものはしょうがない。
「彼が、最後に美也に託した言葉よ。未来を守れ」
「何の未来を……何から守るの?」
「それは美也が考えること。これだけは忘れないで。太一はあなたを愛していたことを」
「私を?」
知らない人からの告白を、真也の口から聞いたって何にもならない。ただ胸に走るこの痛みは……
「黄色い水晶……」
何だろう?何かが引っ掛かる。
「それはあなたの一部だから、あなたが持っているのよわかった?」
真也の不思議な言葉。まじないのように心にしみわたる。
また会える日が来る。必ずね。それまでは忘れていていいわ。
真也の口から口蓋をはじく音が聞こえてきた。
そして……
「まやー、久しぶり!」
「みやー、目が覚めて良かった!」
年相応のはしゃぎっぷりで抱き合ったり笑ったりひとり足りないけれどかしましい。
「臨死体験した?」
「なあんにも覚えてない」
顔を見合せて笑う。
「すいません少しお静かに」
年かさの看護婦が、開け放されたドアを閉めながら注意した。
「すいませーん」
真也と美也は世界で最もIQの高い双子で有名だ。今後真也は医学の道へ、美也は宇宙物理学の道へそれぞれ進むことになっている。
「やっと配り終えたよ」
ひそひそと内緒話をする双子にタカシがかいてもいない汗を拭いながらやってきた。
「御苦労」
真也はにやりと笑って見せる。それを見た美也もそっくりな顔で同じように笑っている。
「なんだよ、二人して」
「なんでもなーい」
「でね、お母さんがね……」




