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そして……

28、そして……



 はしごもないロープもない、背もそんなに高くない。



『届かないじゃん!!』

「どうしようねえ」


『悠長なこと言ってんじゃないわよ、この乳児が!あんたの島でしょう、なんとかしなさいよ』

「あたしと、美也なら投げてもらえばいいんだけどさ。太一がねえ」

 そんなのはダメだと言うと、

「だいたい太一は通れないかも」

などと答えた。


 なに言っちゃってんのよ。私と真也が通れるんなら通れるでしょう?


「…………そうしよう」


 黙り込んで何か考えていたタイがやっとしゃべった。しゃべったと思ったらこうだ。

『あんたまでなに言ってんのよ!』


「オレ、ほんとは飛行機の事故にあったんじゃないらしいんだ。このホールに呼び寄せられて、この次元の門番として雇われていたらしい。頭を打ち付けた拍子に思いだしたんだ。オレは帰れないし、おまえら2人の面倒を見るのは大変だったけどこの何カ月か充実してた。向こうじゃ空手にのめりこみ過ぎて家族にも相手にされてなかったし。息子がいるんだ。オレそっくりな顔の。カミさんがそれはそれは嫌がったもんさ。でも息子がここに来ることはもうないんだな?」


 真也がうなずいた。

「なら、思い残すことはもうないよ。美也つらい目にあわせてすまなかった」

『本気なの?バカじゃないの?残ることないじゃない!」


「富士山の話出来なくて悪かったな。向こうで実際に登ってみてくれ。素晴らしいから」

『ダメだよ……』


「美也、婚約者の元に戻って日本で結婚式しろよ」

『そんなのってないよ、タイもいっしょじゃなきゃ帰る意味ない!』


「うるさい!オレの頭から早く出てけ!」

 口では怒っているけれど私から見ればそれは渦から逃がそうとするための、必死なお願いにしか見えなかった。

「最後まで世話の焼ける奴らだ」


 タイが指輪をはずす。それを真也の手に握らせ、そっと手を離す。

 真也の手によってふさがれた、水晶の傷は私とタイの心を一瞬で分離させた。


 私は紫色の靄の中ふわりと浮かんで無重力。


「さよなら」


 タイのさよならが聞こえて、この次元ではヴェガが道しるべ。私は天球のヴェガに向かって登っていく。遠くへ、遠くへ。

 ほとんどの陸地が白く緑が残るのは赤道付近だけ。次元のはざまで感じた衝撃が、その色合いを一変させる。青く光る海と、緑の大陸。成層圏の真っ青なグラデーションが私達をトランポリンのように跳ね返すかと思いきや、今度はものすごい速さで落ちていく。




 私は……




 私は美也。


 ふわふわの羽布団が体にかかり、パリッとしたシーツの感触と冷たい手。


「美也、帰って来てくれよ」

 タカシの声と、ああこの香り。


 深く吸って確かめる。いつもの安いコーヒーとそしてクチナシの香り。


「…………ま」


 ただいま。

 優しい香りに包まれて、帰る喜びを知った。



「また、これ?」

「そう」

「いい加減病院食たべてくれないかな?」

「いいの、しばらくはステーキが食べたいの」

 タイが食べたがっていたステーキ。あの細かい説明で私もすっかりとりこになった。バターしょうゆのあっさりステーキ。でも、まだ病人だから、薄切り肉で代用なの。


「栄養士さんに怒られるこっちの身にもなってほしい」

「なんか言った?」

「いいえ、おいしいですか?」

 帰ってきてからの私は、向こうの様子を思い出しては、パソコンでレポートを作る。もしかしたら次元に関する新しいレポートが出来るかもしれない。しかし、わかりそうでわからない。部分的な情報が抜けちゃってるから。


 渡された資料には、ヴェガが北極星になる時の年代が書かれていた。

「1万年前か、1万年後。どっちなんだろう?」

 頭は北極星へ、口は止まったまま。


「ほら、早く食べちゃいな。今日はお見舞いの人が来るから」

「だれ?もうめんどくさいよ」

「そんなこと言わない!せっかく遠方はるばる来てくださったのに!」

 私の意識が戻ったのをテレビで宣伝したみたいにひっきりなしに見舞客がやってくる。

 私はこっちに集中したいのに、タカシがそうさせない。


 最後に見た宇宙からのビジョンをもっと見ておけばよかった。

 そう思った時、ノックの音が聞こえた。

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