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その時あなたは……

24、その時あなたは……



 私がビイちゃんのことを思って泣いていた時、あなたは何を考えていたんだろう?

 懐かしくあなたを思い出した。本当に大好きだったあなた。


 ピ、ピ、ピ…………


 ベッドサイドモニターが規則正しくリズムを刻む。昨夜のやばい状態を切り抜けてからは、バイタルも安定しているし、検査結果も異常はない。病院に無理を言って深夜の勤務に就かせてもらって、いつもなら部屋に帰って一休みしているところだが、今日はそんな気には到底なれない。


「美也……」


 顔にかかる黒髪を掻きあげて、手をにぎった。左手の薬指に光る小さなダイヤモンドだけが2人を結び付けているように感じる。こんなに温かいのに、なぜ意識がもどらない。時折眼球をがすごい速度で動き、夢を見ているのだと思う。

 もう少しで結婚式だったけど、どうしようか?心の中で話しかける。キャンセルをしてしまえば、もう二度と帰ってこないんじゃないか、とまじないめいた考えが頭をよぎるんだ。日本での結婚式の後には新婚旅行、友人が開いてくれるパーティ。

 あんなに楽しみにしてたのに。

 早く帰ってこい。


 そっとドアが開いた。こんな大雑把な国でこんな風にドアを開ける奴なんてあいつしかいない。

「三井、いいか?」

 案の定聞こえてきた酒田の声に振り向くことなくうなずくと部屋にコーヒーの香りが漂ってきた。

「入れたてだからまだましだぞ、早く飲め」

 視界の端に入り込んだ紙コップに入ったコーヒーが盛大に湯気を上げていた。


「美也さん昨夜急変したんだって?」

「ああ」

「このところ安定してたのにな」

 こいつが何を聞きたいのかは分かってる。


「陰性だよ。血液検査も、尿検査も。大体おまえの検査がいい加減なんだよ」

「そうだな」

 そもそも美也はまだ経験がないんだし、あんなに心配することはなかったんだ。脳の一時的な混乱とでもしておけばよかったのに。


「この先お前には絶対検査は頼まないからな」

「ふん、いざとなったら泣きついてくるにきまってるがな」

「するか」

 一度肩を掴むとそれ以上は何も言わずに出て行った。

 

「あいつバカだよな、おまえが妊娠してるとか言いやがって」

 2人きりになった病室で愛する人に話しかける。不意に美也の声が聞こえたような気がした。

『頭ごなしに決めつけちゃダメ』

 そうだな、誰だって間違いは犯す。だから許してやろう。

「なぜ目を覚まさない?頼む、早く帰って来てくれよ」



 タカシのやわらかくて大きな手がおでこに触れている(ような気がする)

 もう一方の手が私の手をつつんでいる(ような気がする)

 雨に濡れるクチナシの香りがする(ような気がする)


 タカシ。


 あたしタカシの近くにいるよ。もしかして本当にかえれたのかしら?

 暗闇の中大きく息を吸った。なんの匂いもしなくて期待が大きかった分、胸の痛みは相当なもの。

「…………」

 泣きぬれた目を両手でぬぐって目を開けた。


 期待したものはなくって、広い空間に横たわりビイちゃんの執着と望郷のオブジェが増えているのを発見しただけ。


 私はおぞましいそれらを見たくなくて、窓の外のビイちゃんの目線に目をやった。

 外は朝焼けの赤で染まっている。


 体を横にしたまま両足の間に手をはさんだ。真っ赤に染まる雲を見ながらしばらく呆けていた。


 ビイちゃんはあれだけ注がれた愛情を忘れてしまっている。私が欲しくても与えられなかった、抱擁やキスや笑顔を一心に与えられていたのに。

 ビイちゃんを抱っこして優しく揺するお母さんの腕がどんなにうらやましかったか。私にくれるのはひきつった笑顔とおざなりな賞賛。結果私が得たものは両親に対する遠慮だった。


「ミヤは何でも自分で出来るわね」

「ひとりで遊べるわよね」


 そう言われながら、世話をしてもらっているビイちゃんを見ないようにしていた。だってうらやましいから。嫉妬するとたたいちゃうから。叩くとお母さんが悲しむから。

 ビイちゃんの存在はないことにして……

 存在をないことに?



…………ああ、そうか。あたしが、見てないってことは、ビイちゃんも見てないんだ。




 ビイちゃんに愛情を注ぐ母親も父親からも、見たくなくて目をそらしていた。

 ビイちゃんは自分が愛されてる姿を見せてもらえなかったんだ。

「ごめん、ごめんね」

 後悔が押し寄せる。彼女がこんなに非情になったのは私のせいだった。


 気持ちの悪いオブジェは私とビイちゃんの共作で、長い長い年月と血を吐くような努力をしてビイちゃんがやっと手に入れたんだ。そう思うと急にいじらしく感じた。こんなにまでして欲していたのは小さいころに与えられなかった優しさだったんだ。

 オブジェのビイちゃんはすべて無表情。その老成した目だけが本当のビイちゃん。

 おぞましい?いじましい?



 最初にできた、ビイちゃんのクローンから出るビイちゃんの姿を模した蝋人形の傍らに、もっと小さい胎児の彼女がいた。親指をしゃぶって目を閉じている。

 私はそっと寄り添って横になった。つぶさないように保護するように腕を回す。そしてそっと囁く。


「ごめんね。許して」


「なんでもする。あなたの気の済むようにして」


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