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心と心

22、心と心



 眼下に広がる長いビーチは真っ白で少し沖を見るとサンゴの色とりどりな様子が見えて美しい。ビーチの端の水際で、新生児を洗うタイがいた。

 彼女は泣くでもなく、笑うでもなく、無表情で血を洗い流されていた。なんの抗議もしない赤ん坊。ある意味ものすごく怖い風景だ。


『みーつけた』


 ビイちゃんの心のすきを見つけると、そこから中に入り込めた。ビイちゃんの心の中の風景はほぼ空っぽに近く、たとえて言うなら、使われてない閑散とした空港みたい。雑多なものでごった返すバザールのような私のそれとはまったく違った。

 だからすぐに見つかってしまった。


『エイちゃんなにしてるの?せっかく帰れるチャンスだったのに』

 だだっ広い白い空間の片隅でひざを抱えて座り込むビイちゃんは、私の記憶の中の頭ばかりが大きい胎児のままだった。

 それに夢で見たようにウソつきだった。


「帰れる?捨てられるの間違いでしょう?」

『あら次の次元では可能かもよ』


「ビイちゃんはどうしてこんなことするの?」

『私も生まれたかったの。人知れずエイちゃんの頭の片隅で映画を見るように過ごすより、自分で生きてみたかったから』


「ビイちゃん……それはしょうがなかったんだよ。成長できないっていう先天性の異常だったんだから」

『しょうがないで済ましちゃうの、お父さんみたい。エイちゃんはちゃんと生まれて成長したじゃない。途中までは、私の力も貸してあげたのに』


「私に、選択権があったわけじゃない。それに、自分の体を捨てたのはビイちゃんじゃない」

『生きられる時間がわずかなのは分かりきったことだったからね。それならわらをもつかむ思いで避難したんだよ』


「避難……」

『そう、エイちゃんは私のシェルター。エイちゃんが私を食べちゃったから、今度はこっちが利用したの』


「食べるだなんて、あの論文はちょっと比喩が凝りすぎてるだけ。ビイちゃんはあたしの罪悪感を利用したんでしょ」

『そんなもの持ってないくせに』


 ああ言えばこういう。互いを理解し合おうとしないと会話は成立しない。ビイちゃんは適当にはぐらかすためだけの会話をしている。答えのある会話をしないと一生平行線のままだ。


「ここはどこ?」

『島よ、あなたの言う通りミクロネシアの島のひとつ。その中にあたしが作ったあたし専用の場所。島のでいえば、アーチ門のある崖の上よ』


「海の中の壁は?」

『どうしても生まれたい私の願い。格好良く言えばね。平たく言えば私が作った心の柵』


「じゃあタイは?」

『門番兼オス』


「私は?」

『……かけがえのないもの』


 愛おしそうに黒目がちの目で私を見る。小さな胎児のビイちゃんが私に向かって手を伸ばした。私はそっと近寄ってその手を取り、ビイちゃんがまだ水かきの残る手で懸命に私の手の皮をつかむ。手は小さくても力は強くてつままれているように痛い。

 手荒にすれば壊れてしまいそうで、邪険に振り払うこともできない。私はひざまづき出来るだけそっと抱きあげた。

 手のひらに納まるほどの大きさで、じっとわたしを見つめ続けるビイちゃんの目の中に映るのは私ではなく、見慣れた島の風景だった。

 まるで映画のように脳裏に投影されている感じ。


『不思議でしょ?次元が違うとこんなこともできるのよ』


 ひそやかに笑うビイちゃんが私よりはるかに年上な感じがした。そう私が今まであったどんな人よりも年上に。


『あなたたちとあたしは済む次元が違うの。世界は同じでもね。今エイちゃんがいるのは私と同じところ。黒い渦はこちらとあちらの次元をつなぐ門。もしくは次の次元をつなぐ』


 くすくすと笑いながら説明する。私が口をあけてポカンとしているのがおかしいようだ。

『さすがに神童のエイちゃんでもわかんないことがあったね』


『私の体が死んだ時、心だけは次の次元に行ったの。みんなを残して。でも今私のいるこの場所では次元の壁がとても薄くて透けて見えてた。しばらくは他の人と同じようにただ受け身の生活をしてたけど、空間ごと切り取れば壁を透かしながら移動できることに気づいてね。みんなに会いに行ったのよ。でも誰にも気づいてもらえなかった』


「まったく理解できない」

『あなたも今同じところにいるんだから、そのうちわかるわ。まあ、とりあえず聞いてごらんなさいよ。誰にも気づいてもらえなかったけど、あなたの心には入り込めた。一度入った経験があるから隙間を見つけやすかったのかもしれないわね。私は自分が存在するために、あなたにばれないように上手に使って研究したわけ。医学、生理学、生物学、薬学、行動学、物理学、宇宙物理学までね。結局勉強したのはあたしで、あなたは天文学をやっただけ。でもありがたいでしょ?』


 そうか突然神童と呼ばれるようになったのは、そういう理由だったんだ。私の力じゃない。


『落ち込まないでいいの、あなただってやればできる子なんだから。それに記憶は残してあるから、自由に引き出して使っていいのよ。言わば体を使わせてもらったお礼ね。そうして、ここでクローンを作ったんだけど心が伴わなくて向こうに行けないみたいなの。向こうの心をこっちに引き寄せることはできるんだけどさ。ここでは心は育たないみたい』


「引き寄せるって……まさか私とタイは……」

『あたりまえじゃない。渦を通った時のことは覚えてる?』


「渦を通ってなんかいないわ」

『通ってるの。この島に着く前の記憶はなに?』


「……飛行機事故よ」

『ふふふ、そんな目には合ってないわよ。確かに飛行機には乗っていたけど、私が引っ張って渦に放り込んだの。あのあたりは事故が多いから、浮遊してた記憶を拾っちゃったのかもね』


 バカにして私に一瞥をくれる。そんなのわかるわけないじゃない。いらない罪悪感を植え込まれて、泣いた私の涙を返してよ!


「この島でクローンてそんなの不可能」

『少し手を加えて一から進化の過程を辿ったのよ。おかげで時間はかかったけど首尾は上々。あたしとタイのクローン。つまりあなたは私のクローンに入っていたわけ』


 あの散々ケガした体はクローン……ビイちゃんの。

「でもあの中には心があった。息絶えた時に出てきた心がいたの。渦の中に消えたけど」

『まさか、クローンなんかに心があるわけない』

「見たもの私の後に出てきて次の次元に行くって言って飛んでったわよ」

『次の次元へ?』

 胎児が悔しそうにしている様はなんとも言えずグロテスクだった。



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